天槍のユニカ



昔語りの門(19)

 その光景はただ目を通じて頭に入ってくるだけだったが、ユニカの視線に気づいたパウルはおもむろに口を開いた。
「ここはもう施療院のすぐ隣なのです。窓から様子が窺えますでしょう」
 ユニカは少しだけ目を瞠る。すると視界に映っていただけの人影に焦点が結ばれる。
 遠目でははっきりと見えなかったが、窓の向こうには右から左から、絶えず人が歩いてきて何やら活気があった。
「私もアマリアへやってきて驚きました。このように賑わしい施療院は初めてです。八年前の疫病以来、ペシラの施療院でも民間医や官医がともに治療を行う体制が整いつつありますが、ここまで開けた空気はありません。こんなふうになったのは、やはり新しい施療院の体制を造られた王妃様のお膝元であったからでしょう」
 窓を見つめるユニカに微笑みかけてから、パウルは肩越しに同じ窓を見遣った。陽射しを隔てて先にある人々の営みを。
「先ほど女子爵がおっしゃっていた通り、ここは王妃様の始まりの場所なのです。そしてアヒムが何か見つけた場所でもある。アマリアから帰ってきたあの子は、それはもう別人のように成長していました。そして故郷へ戻り、ユニカ様と出会った」
 アマリアへ赴任したパウルは、ここで養父が見つけたものを見たのだろう。彼の中にあった喪失は、きっとそれでいくらか癒やされた。
 弟子を亡くしたパウルの悲しみが少しでも癒えたのならよかった。ユニカは純粋にそう思った。
「だからあなたにもこの世界を見ていただきたかった。私の望みはそれだけだったのですが……ことを急いてしまったようですね。苦しい思いをさせてしまいました」
 ユニカはようやく笑みを浮かべて首を振った。
 パウルの心遣いが嫌というほど分かる。同じ救いをユニカにももたらそうとしてくれるのは嬉しかった。
 でも、パウルと同じものを見つけても、自分はきっと……。
 「受け取れない」と、いくら言葉にしても心優しいパウルには届かないのだろう。エリーアスや、かつて養父と王妃が過ごしていた世界に住む人々にも。
 ああ、だったらやはり、私が隠し続けてきたものを明かすしかないのかも知れない。
 だから嫌だったのだ。パウルに会うのは。教会へ来るのは。
 気力のないユニカの表情から何かを察したのだろう。老僧は身を乗り出し、視線をあげないユニカの顔を覗き込んできた。

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