昔語りの門(20)
「これに懲りず、またこの老人の話し相手になってはくださいませんか。無理に施療院へお連れすることはしません。ただ、私の暇つぶしにつき合っていただきたいのです」
「……いいえ、導主様。私はもうこちらへは参りません。お会いできて嬉しかったです。でも、もう参りません」
思っていたよりしっかりと言葉にすることが出来てユニカは安堵した。
ほっとしたことが力になり、顔を上げられる。
「何故です?」
悲しげなパウルを見つめ返せば、彼の隣には焦燥を浮かべたエリーアスがいた。
さっきはユニカが手を振り払ってしまったけれど、きっと、次に手を解くのはエリーアスの方だろう。
それでいいのだ。いや、本当はもっと早くにこうすべきだった。
「私には、導師様や王妃様が残したものを受け取れません。私に出来るのは命を奪うことだけです。だから導主様にはこれでお別れを言います。最後に、導師様がどうして亡くなられたのかをお話しして」
それをお聞きになれば、きっと私のことを諦めてくださるでしょう。
静かな諦念とともに呟けば、エリーアスが口を開きかけた。しかしパウルがそれを制する。
ユニカ以外に家族がいなかった養父。ならば、父と弟のように慕われていたこの二人こそ最後の日≠知るに相応しい。
ユニカは隣に腰掛けたディルクを見た。
「殿下もお聞きになりますか」
まるで席を外すつもりなどない彼に問うだけ無駄だったかも知れない。
しばらくじっと黙っていたディルクだったが、やがて小さく頷き、そしてこう付け加えた。
「でも、俺は君を諦めるために聞くんじゃない」
その言葉を聞いた途端、心臓が痺れるように苦しくなった。
聞いて欲しくないとは言えない。ディルクもユニカから手を放すべき者の一人。
この話が終わったあと、彼はユニカが震えていても抱きしめてはくれなくなるだろう。
「好きになさってください」
どうにかして笑みをつくると、ディルクは眉を顰めた。
そんな彼から目を逸らしたが、長く尾を引く胸の痛みからは意識を逸らすことが出来なかった。
拒んでも振り払っても差し出されてきた手。
どうやって受け入れればいいかは今でも分からないし、受け入れてはいけないと思う。
けれど、心臓を締め付けるような痛み――なくすことへの予感は、ユニカがそれを望んでいないことを教えてくれる。
それでもユニカは、唇を開かねばならない。
- 739 -
[しおりをはさむ]