天槍のユニカ



昔語りの門(18)

     * * *

 正気に戻っても不思議と身体に力が入らず、ユニカはディルクに抱えられて最寄りの応接間へ運び込まれた。
 使う予定のなかった部屋なので、中へ入っても廊下と同じくらいに寒い。エリーアスが急いで暖炉に火を入れてくれているが、温かくなるまでにはしばらくかかりそうだ。
 けれど空気の冷たさなどどうでもよかった。それよりもぐちゃぐちゃに掻き回された頭が内から鐘を叩いているように激しく痛む。
「きっと、」
 ソファに腰掛けてなお倒れそうな顔をしていたユニカに、ディルクは自分の上着を羽織らせて静かに言った。
「君自身が思っている以上に、養父君のことを思い出すのが辛いのだと思う」
 ユニカは唇を噛んで、跪き顔を覗き込んでくるディルクから目を逸らした。
「聖堂へ入るのが怖かったのも、そのせいなんだな」
 肯定したくなかったが、否定も出来ない。それゆえユニカは黙り込んだが、ディルクもそれ以上は何も確かめずに立ち上がった。
 彼が目の前を立ち退くと、向かいの席に座ったパウルの悲しげな表情が目に入った。ヘルツォーク子爵も難しい顔でその後ろに立ち尽くしている。
 彼らが悪いわけではない。なのに、そう言ってやる気力すらない。
 パウルもヘルツォーク子爵も、エリーアスも、ユニカは喪った者≠セと思い気にかけてくれているだけだ。
 ユニカが孤独にならないよう、そして彼らと一緒に歩けるよう。
 我を忘れるほど悲嘆するユニカが抱えた真実を、知らないからこそ出来る真似だった。
 知ったら、彼らはどんな顔をするだろう。
 そして、知られることを恐れる資格など、ユニカにはなかった。
「女子爵。お手を煩わせて申し訳ないのですが、気分を落ち着かせられる飲みものを手配していただけませんか。施療院にならその手のものが色々あるかと思うのですが……」
「ああ、お安いご用です。コーディアルを湯で溶いて持って参りましょう」
 ディルクの依頼にヘルツォーク子爵は覇気のない笑みを返し、部屋を出て行った。
 人の気配が減った分、立ちこめる沈黙がより空虚になる。
 ユニカはうろうろと視線をさまよわせ、この部屋の寒々しさとは別世界のような窓の外を見た。
 春めく陽射しが明るい。その向こうに見える大きな窓には何人もの人影が行き来するのが見える。

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