天槍のユニカ



昔語りの門(17)

 そんな彼らの様子が見えているのに、同時に別の光景が目の奥を駆け抜けていた。
 小さな教会堂を取り囲む人々、彼らはユニカの血を求めていた。殺してでも手に入れようとしていた。
『あんたさえいなきゃ、アヒムは殺されたりしなかったのに――!!』
 キルルの言葉は正しい。正しいのに、私は。
 ユニカは呪いの言葉と罪悪感から身を守るようにいっそう強く肩を抱き、同時に爪を立てた。このまま我が身を引き裂いてしまえればいいのに。
 そう思った時、区別がつかなくなった記憶と現実の境界に突然青緑色の瞳が入り込んできた。
 跪いたディルクがユニカの肩を掴み、顔を上げさせたのだとすぐに気づいた。彼からは香木の香りがしないからだ。
 脳裏から幻影が退いていく。あたりは厳しい暑さの残る夏の終わりではなく、ほの寒い春の初めに戻った。
 そして肩を離れたディルクの手は、力を失ってだらりと垂れ下がっていたユニカの指先に触れた。
「俺の手を握って。そうしたら、怖くないようにしてあげられる」
 額が触れ合いそうなほど間近で、ユニカにだけ聞こえるような小さな声が囁く。
 踏み込んではこなくても、すがれば受け入れてくれる。
 ディルクの言葉はあまりに甘美で、恐怖の残滓で戦慄くユニカにはその意味を考えることが出来なかった。
 ぼろぼろと涙がこぼれてくるのを隠すことも忘れ、小さく頷いたユニカはほんの少しだけ指を動かした。
 そしてディルクの手を迎え入れる。すると彼の指はそのままユニカの五指の間に滑り込んできて、思いのほか強い力で握りしめてくる。
 反対の腕が背中へ回されたのも分かったが、ユニカはその腕に引き寄せられるままディルクの肩に顔を埋めた。
 嫌ではなかった。ディルクの手はユニカをどこへも連れて行こうとはしていなかったし、彼の匂いと体温は香木の香りが見せようとする悪夢を追い払ってくれた。

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