昔語りの門(4)
「こちらこそ急な訪問に……それもユニカへのご招待に便乗する形になってしまい心苦しいのですが、新しい導主様に直接ご挨拶させていただきたく参りました。お会いできて光栄です、猊下」
「短いお付き合いになるでしょうが、どうぞよろしく」
軽い冗談と朗らかな笑顔でディルクとの挨拶を締めくくると、老僧は改めてユニカを見つめた。
昔は自分が幼かったせいもあり、パウルのことを見上げた記憶しかない。しかし今は目線が同じくらいになっていた。
そんな違和感以上に、じっと目を覗き込まれたユニカはすっかり身体がすくんでいた。
心臓がどくどくと嫌な音を立てて高鳴る。けれど目を逸らすことが出来ない。
やがてパウルの目許に深いしわが寄り、ふわふわして豊かな口ひげがもそりと動いた。
「美しくなられて」
湧き上がってくるような満面の笑みだった。
彼はエリーアスの手を放し、杖さえ預けて両手を差し出してきた。思わずその手を取ってしまったのは、ここまで歩いてきたパウルの足取りが決してしっかりしているとはいえなかったせいだ。
一歩進み出た老僧がよろめいてはいけないと、ユニカはとっさに彼の両手を握った。
「昔、こうしてお別れしましたね」
「……はい」
握り返してきた手はしわだらけで、ちょっと冷たかった。けれどそれはユニカの記憶の中にある感触と同じだった。
養父やエリーアスと一緒にペシラを訪れ、パウルに会ったのは秋だった。南部のビーレ領邦にも日に日に冷たい風が流れ込み、ペシラを離れる日も澄み渡る秋空に冴えた風が吹いていた。
だから大教会堂の門前で別れの言葉を交わす時も、こんなふうにお互いの手が冷えていたのだ。
あの日のことをこうして思い出せるとも、覚えている人がいるとも思っていなかった。
これはユニカの幸せのひとかけ。ぜんぶ消えてしまったはずのもの。
なのに、冷たかったパウルの手は握っているうちにどんどん温かくなってくる。
「またお話出来る日がこようとは思ってもみませんでした。お会いできて嬉しいですよ、アヒムの可愛い娘=v
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