かえれないひと(15)
それは王に直臣と認められた証だ。家督を継承したわけではなく、女の身で個人として爵位を贈られた貴族は、今この国には彼女一人しかいない。歴史的に見ても例は少なく、非常に稀なことだ。
その勲章を普段は身につけていない彼女が、今日は身につけている。これも珍しい。
珍しいだけに、異常事態であることが分かるのだった。彼女は普段の職務をこなしに教会堂へ来たわけではないのだ。
「ヘルミーネ様から、あの娘がようやくこちらを訪ねてくれるのだとお聞きして。ついては、猊下に私の会談への同席をお許しいただきたく、お願いに参りました」
エリーアスの嫌な予感は当たった。やはり、この女――ナタリエ・ヘルツォーク女子爵はユニカが目当てで現れたのだ。
「ちょっと待ってください、女子爵。同席してどうなさるおつもりなんです?」
「どうするも何もない。エリーアス伝師、君は王妃様のお言葉を彼女に伝えたのだろう?」
「伝えたというか、どういう思いを持っていらしたかは話しました。でもユニカ自身が納得していません。今日だってパウル様に会いに来るだけです」
「自己紹介くらいはさせて貰ってもよいだろう。我々≠ニてもう二年近く待っている。また城へこもってしまわれる前になんとか繋ぎをつけたい」
ナタリエは半ば怒っているような口調でそう言った。
さすがは亡き王妃が尊敬の念を抱き、何につけても手本にしてきた女。そして王にすら直臣と認められ爵位を得た女。
目を眇めて睨みつけられると、エリーアスは「止められない」と確信した。
しかしそれではユニカの気持ちが無視されたまま、ここでもことが進んでしまう。ただでさえ貴族社会に引きずり出されて疲れているというのに、それではますます城にこもってしまいかねない。
助けを求めるようにパウルを振り返ると、老いた師は無言であごひげをしごきながらナタリエを見つめていた。
「よろしいでしょう、女子爵とユニカ様がお会いになれるように計らいます」
おお、とナタリエが感嘆の声をもらす。
「ただし、ご同席は遠慮していただきたいのです。申し訳ないがこれは私にとっても待ち望んだ再会。姫君には恐ろしい思いをさせたくありません」
「恐ろしい思い?」
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