天槍のユニカ



かえれないひと(14)

 公爵夫人やエリュゼが傍にいてくれればそんな心配もないはずが、あの夜のように隙≠烽るのだと知ってしまうと心配でならない。
 昨日からユニカは城を降り、エルツェ公爵家に滞在している。
 そのまま、城へ戻らなければいいのに。
 ユニカが復讐から逃げ出すための道は用意してやれる。けれど、彼女自身がそれを選んでくれない。
 あの夜、エリーアスの指からすり抜けていった手の感触を苦々しく思わずにはいられなかった。
 ひとしきりしてパウルの脚の按摩を終えた頃、執務室の扉を叩く音がした。
 パウルの法衣を畳んでいたフォルカが迎えに出る。扉の向こうにいたのは、貴族の女だ。
 彼女は二十年近くここへ出入りしているから、度々王都を訪れていたエリーアスもよく知る顔だった。
 しかし、彼女が僧侶の許を訪ねてくることは普段はない。別の職務で忙しい身なのだから。
「ヘルツォーク女子爵、どうされたんです? 今日はちゃんとしたドレスで」
「ちゃんとした≠ニは失礼な。私はいつでもその場に相応しい装いをしているよ」
 ううん、確かにそうだけど、俺が言ったのはそういう意味ではない……と思いながらもエリーアスは言い募らなかった。
 五十路をまたいだ年齢の女は、いつも尼服のような仕立てのドレスを着ていた。
 貴族の女達は下履きを重ねたり骨組みを入れたりしてスカートをやたらとふっくらさせているが、彼女はそういうことはしない。流行に関心がないのではなく、ひとえに動きやすさを求めているからだ。
 しかし年齢の割にすらりとした体型で背も高かったので、普通の貴族の女達がやっているように身体のどこかを無理に絞ったり詰め物をして膨らませたりしなくても見栄えがよろしかった。
 それが、今日は普通の貴族の女≠轤オい格好をしている。それでも動きにくさなど感じさせずしゃんとしている。髪を結い上げて首筋や胸元を見せているのも、女性らしく優美で様になっている。
 普段の彼女と彼女の年齢を知っているだけに、エリーアスは少々意外だった。口が裂けてもそれを言ってはいけないが。
 彼女の今日の胸元には、国王から直々に爵位を贈られたことを示す黄金とエメラルドの勲章がついていた。

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