かえれないひと(9)
渋面のディルクを気にしつつ、ユニカはさてどうしたものかと思いながらレオノーレの身体を抱える。
そうしていると、不意に耳許で低い声が囁いた。
「あたしがいなくてもディルクと仲良く出来る?」
「……?」
意味の分からない言葉に顔を顰めると、わずかばかり身体を離したレオノーレがお互いの息を感じるほどの距離から目を覗き込んできた。
「仲良くも何も、私も殿下もそれぞれ導主様にご挨拶に行くだけよ」
「違うわ。ディルクはもともと導主様にお会いする予定じゃなかった。でもユニカのことが心配でこの予定を入れたの」
「……そう」
心配とは。何を案じているのやら。
宴でのことを謝りたかったのなら、導主のところにまでついてくる必要はないはずだ。それは解決したのだから、もう帰ったっていい。
「ユニカに会わせたくない人間が教会堂へ行くって噂を聞きつけたから」
「会わせたくない?」
「そうそう」
レオノーレは何故かにたりと笑った。
「ディルクと一緒にいるのよ」
そして前触れもなく、ちゅう、と頬に吸い付いてきた。
突然のキスに驚いたユニカが悲鳴を上げると、レオノーレはころころと可愛らしく笑ってみせる。
「王城へ帰ってきたらユニカが遊んでくれるって言うから、あたしは先に戻ることにするわ」
「戻るだけじゃなく会議に出るんだぞ」
「ほほほほ」
げんなりと肩を落とすディルクの脇をすり抜け、レオノーレは自ら馬車に向かった。
一変した公女の態度に驚くのはユニカだけで、公爵夫妻やレオノーレの騎士達は呆れも通り越しもはや無反応だ。これまでの無駄な時間などなかったかのように公女の出立に向けて時が進み出す。
「クリス! 行くわよ、婚約者との話はまた今度にして!」
一人持ち場を離れていた騎士を叱りもせずに呼び戻すと、レオノーレは迎えに来ていた大公家の紋が入った馬車に乗り込んだ。
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