天槍のユニカ



かえれないひと(8)

「公国へ戻らないことをお報せしたら、お母様は悲しまれるのではありませんか」
「――それよりも、叱責されるでしょう。激しく」
 爵位を棄てるということは、それを与えてくれた主君や領地と領民への責任も棄てるということ。エリュゼがクリスティアンに感じた憤りの理由の一つだ。
 弟がいるから構わないと言いつつ、クリスティアン自身もそれが不忠で多くの人の信頼を裏切る行為であることは解っているようだ。そして彼の母がエリュゼと同じように憤慨することも。
 彼を叱ってくれる人がいるなら、それでいいか。
 故国の母はそれなりに威厳のある人物らしい。絶えず涼しい顔をしていたクリスティアンがほんのり憂鬱そうにしているので、エリュゼの溜飲はずいぶん下がった。


「助けてユニカ!」
 ディルクが頷かないものだから、とうとうレオノーレはしびれを切らしユニカを盾にする作戦に出た。
 いつもいつも思うのだが、どうしてドレスや華奢な女物の靴でこんなに素早く動けるのだろう。
 ディルクから逃げてきたレオノーレは獲物に飛びかかるようにユニカを捕まえ、肩口に顔を埋めてしくしくと泣き始めた。多分嘘泣きだ。
「あたし一人だけ帰らなきゃいけないなんてひどいわ」
「でも、大事なお仕事なんでしょう」
「ぜんぜん大事じゃない。あたしがいなくても話は進められるんだもの」
 飾りとしてそこにいなければならないことの苦しさは知っているが、レオノーレは外交上替えのきかない存在だ。
 彼女の嘆きには同意してやることが出来ず、ユニカはせめてものお詫びに彼女の背を撫でて慰めてやる。
「レオ、いい加減にしろ」
「いい加減にするのはそっちよ」
 追いかけてきたディルクを肩越しに睨み、レオノーレは再びユニカの肩に甘えてすり寄った。

- 707 -


[しおりをはさむ]