天槍のユニカ



かえれないひと(4)

 教会堂へ行くためのドレスはことが決まった日から延々悩んで選び抜き、細かな寸法合わせも済んだ亡き王妃の形見だ。
 淡いライラック色は王妃の赤毛によく似合っていたが、色白なユニカが着ると清楚でまた違った可愛らしさが見られるだろう。もちろんディルクが贈ったというサファイアの矢車菊にも似合う。早く着せてあげたい。
 伯爵という身分に奪われていたユニカ着せ替えの楽しみを久しぶりに噛みしめながら、エリュゼは玄関を出た。
 昨日の雨の気配はすでになく、日陰に残った雪もじわじわと溶け出しているのが分かる。冬の名残の寒さも気にならないよい気分だった。
 ところがエリュゼの軽い足取りは玄関先から十歩も歩かないうちに止まった。
 レオノーレが帰城するということは彼女の騎士達もそれに合わせて帰るということで、その中にはあのクリスティアンが含まれる。
 鞍を載せた白馬の傍で仲間とともにレオノーレの心の準備が整うのを待っていた彼は、静かに佇んでいたようで抜かりなく周囲を警戒していたらしい。
 足取り軽く屋敷から出てきたエリュゼのこともあんなに遠くから見つけて――しかも仲間に声をかけてからこちらへ向かってくる。
 ディルクに向かってわんわん喚いているレオノーレは気がつきもしないし、もう少し喚き足りないようだったので、彼と別れの挨拶を交わす暇はありそうだ。不本意そのものだが。
 逃げ帰りたがる脚に力を込めてその場に留まり、エリュゼはぴんと背筋を伸ばしてクリスティアンを迎えた。
 彼からこちらへ接触してくるのは、ディルクから婚姻の提案を聞いたからだろう。
 その予想は外れていないはずなのに、エリュゼが見上げた先にある顔は、昨夜廊下で声をかけてきた時のそれと変わりない。
「昨晩は事情もよく知らずに、失礼をいたしました」
 やっぱり。
 しかしすべてを知ったにも関わらず彼は何一つ取り乱していなかったので、それが癪だった。エリュゼは意地悪く目を据わらせる。
「いえ、おかげさまでテナ侯爵の率直なご意見を伺うことが出来ました」
 可愛げのない態度であろうに、そんなエリュゼを見てクリスティアンは何故か笑みを浮かべた。
 その時、不意に彼の目の色は黒ではなく深く濃い緑色なのだと気づく。

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