天槍のユニカ



かえれないひと(5)

 ちょうど彼の表情を陽射しが照らしているからだ。左の眉を裂く傷痕もくっきりと見えたが、それも気にならないくらい彼は美男子なのだと今更思った。ディルクとはまた違った雰囲気の。
 注視してはいけない気分になり、エリュゼはついと顔を逸らした。
「でしたら私から改めて希望を伝える必要はありませんね。この件、ディルク様は無理強いしないと約束をしてくださいました。ですから、承諾するかどうかはプラネルト伯爵の意思にお任せしたいと思います」
「わたくしの?」
「ウゼロ公国と違い、シヴィロ王国では女性が政の世界にあることは困難なようです。私と婚姻を結べば、あなたは私に爵位を譲らねばならなくなるでしょう」
 クリスティアンから顔を逸らしたまま、エリュゼは不快感に任せて眉間にしわを寄せた。
「それが王太子殿下のお望みですものね」
「確かにそうですが、決断は我々に任せると約束してくださいました。それに、あなたはその爵位を背負っていける女性だと思います」
 クリスティアンの言葉は胸のすみっこを心地よくくすぐってくる。
 爵位を背負っていける――そんな評価は願ってもない。
 しかし実態はそうではないことをエリュゼ自身が知っている。何もかもこれからだ。……これからだった。
 クリスティアンは、いったいエリュゼの何を見てそう評するのだろう。彼には何も見せていないのに。
 昨日、廊下でやるせなく佇んでいた姿や、抑えきれない不満を吐き捨てて逃げ去った姿以外は。
 思い出した途端、羞恥と悔しさが胸を焦がした。
 ディルクとの信頼関係を初めから持っているクリスティアンのことだ。エリュゼの様子を見て、同情心から強引に婚約を進める真似をしないようねだったのかも知れない。
 そして、ディルクはやはり友人の願いを聞いたのだ。
「王太子殿下になんとおっしゃったのか知りませんが、わたくしは王家の臣です。わたくしの思いと王太子殿下の望みが違っていても、わたくしは自分で正しい方を選べます。妙な情けをかけないでください!」
 つい声が荒々しくなったが、熱くなったエリュゼの頭の中は、次のクリスティアンの言葉で一気に冷めた。

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