かえれないひと(3)
教会堂で会う約束をしているパウル導主は、ユニカがビーレ領邦で暮らしていた頃を知る人物だ。
そして養父アヒムの恩師であり、彼からあらゆる事情を聞いて知っている人物でもある。
どうしたって懐かしい話になる。
けれど、レオノーレはまだそれを共有できる相手ではなかった。ディルクもまた、そうだ。
レオノーレが言うように自分たちは仲直り≠したようだが、昔のすべてを明かせる相手になったかといえば否だ。
ユニカは昨晩ディルクに差し出した己の手を見つめて、そわそわした気分になった。
手を取ったのはほんのわずかな時間だ。結局踊っている間も、言葉を交わさなかった。
けれど悪くはないと思った。
ただ踊るだけなら、ただあの距離にいるだけなら。
鼻の奥にディルクの香水の匂いがよみがえり、ユニカは公爵夫妻に気づかれないようにかぶりを振ってそれを忘れようとした。
するとそれを許さないとでもいうかのように耳許に感じる重み。今日もそこについている矢車菊のイヤリング。
ヘルミーネの命令で着けさせられたそれは、やっぱり心を重くした。
これは近すぎる。受け取れない。
きゅう、と下唇の内側を噛み、ユニカはうつむいた。
親族達の馬車はみな出て行ったのに、まだ公爵夫妻やユニカが戻らない。早く戻って出かける支度をして欲しいのだが……と思っているところにエルツェ家の兄弟だけが戻ってきた。
聞けば公女がごねてまだ出発しないのだとか。
なるほど、と納得してしまうほどレオノーレの調子に慣れてきた自分を心の中で慰めながら、何が出来るわけでもないもののエリュゼもその現場へ向かった。
ユニカだけでも先に返して欲しい。
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