天槍のユニカ



かえれないひと(2)

「あたしだって担当じゃないわよ、どうでもいいわ金貨の鋳造量なんて!」
「いいから乗りなさい」
「こういう時だけ兄貴面しても無駄よ!」
 同じような会話を言葉を換えて十回は繰り返しているディルクとレオノーレを横目に、ユニカは冷たくなってきた手を手袋の上から擦り合わせた。レオノーレが出発しなければ見送るエルツェ家の家族達は屋敷に戻れないのだ。
 案の定、寒そうにしていたアルフレートが鼻をすすり始めた。それに気づいたカイが母に了解を取ってから弟を連れて屋敷へ向かう。
 でも、ユニカと公爵夫妻がそうするわけにはいくまい。
「あたしもグレディ大教会堂に礼拝に行きたいわ」
「そうか、じゃあまた今度な」
「なんで今日じゃだめなのよ! あたしも一緒に行く!!」
「だからお前は会議に――」
 十何周目かの会話が始まったので、エルツェ公爵はもの悲しそうに空を見上げた。ヘルミーネは相変わらず淡々と二人の攻防を見つめている。
 ユニカは――ユニカも待っているしかないが、レオノーレを説得しきれないディルクの後ろ姿を眺めて少しだけ憂鬱になった。
 今日のパウル導主訪問には彼もついてくるそうだ。ついさっき聞かされたことだった。
 てっきり、ディルクはレオノーレと一緒に王城へ帰り、その話し合いの場に列席するのだとばかり。
 しかし彼が任されたのは外交でも財務でもなく、まずは軍事。ゆえに貨幣の鋳造量には縁がないのだと笑いながらテオバルトに話していたのが聞こえた。
 これまでのディルクとの会話や彼の出生のことを思うに、彼は本当にウゼロ公国の外交官や内政官に対して影響力を持たないのかも知れない。
 レオノーレも軍に籍を置いていた経歴からするとディルクと同じのはずだが、彼女はこの度の公国使節代表だし、大公家の身分を捨てたディルクと違って現役の公女だ。
 そこにいること≠求められているのだろう。
 お飾りであることを強要されているのも、レオノーレが帰城を激しく拒んでいる理由らしい。
 ともあれディルクも妹のわがままを叶える気はないようなので、もう少し待てばレオノーレは城へ向かうことになるはずだ。
 彼女には申し訳ないが、ユニカはそのことに安堵していた。

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