天槍のユニカ



家名(28)

 初めにグラウン≠フ家名を授かった僧侶――国教の祖は、初代国王の弟であり、それゆえグラウン家は今でも神々の名を騙りながら裏で王家と結びつき、この国全体を、貴族達を監視していた。
 つまり悪くはない。王妃になる者の経歴としては。あの導師の娘となる以前の戸籍は、テオバルトが手を出さずとも王が教会に命じて抹消してくれるだろう。
 今は、テオバルトが引き受けると決めたユニカが王と王太子の庇護を受けていることを知らしめられればいい。もちろん、深い意味を邪推して貰えるなら好都合だ。
 満足のうちに一族の年寄りと話していると、ユニカと王太子の周囲にいた三組のカップルが互いに視線を交わしながら引き上げてきてしまった。
(おやおや)
 これは分かりやすい意地悪である。
 一緒にいるのが王太子であるにもかかわらず――いや、国王の実子ではなく甥に過ぎないディルクのことすら軽んじて――我が一族の者達はユニカを見世物にしようとしているらしい。何様のつもりか知らないが。
 ディルクはともかく、当人はすっかりその悪意にあてられ動揺していた。曲が始まればその見苦しさは余計に際立ってしまうだろう。
 しかしこの程度のことには耐えられるようにならねば。
 内心面白くないながらも、テオバルトは涼しい顔で回り始めたユニカとディルクを見ていた。
 つまずいても毅然として態勢を立て直せなければ王族の役目は務まらない。物理的にも、精神的にもだ。
 テオバルトの妹にはそれが出来た。だから彼女は若さに見合わぬ功績を遺し、今も愛され、あるいは憎まれている。王家の系譜、そして歴史書にも濃く名を刻まれるだろう。
 それでこそこのエルツェ家の娘に相応しい。
 同じようにして見せろ、クレスツェンツと。
 金とサファイアの飾りをいくつも身に着けながら狼狽えるだけのユニカを睨んでいると、いつの間にか妻のヘルミーネが隣に立っていた。
「どうかしたかい?」
 彼女は無言で右手の甲を差し出してくる。
 この手を取れ、と、ヘルミーネの目は冷ややかに訴えてきた。
「ミンナ……」
「恥知らずな……王太子殿下まで見世物にするこのような真似、とても公爵家の縁者がすることとは思えません。旦那様は当主としてこの方々にしつけをせねば」

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