天槍のユニカ



家名(27)

 そう思うと余計に焦りがわいてきた。
「しっかり顔を上げて」
 顔を伏せているつもりはなかったが、こちらを取り囲む視線が怖くて自然と目線が下がってしまうのだ。
 それでも無理に視線を上げればディルクの微笑が迎えてくれる。
 そしてその向こう側に、ひらりと別の衣装が翻るのが見えた。


 王太子に手を引かれてやってくるユニカを見た時には驚いたが、もともとこういう展開を望んでいたテオバルトは口許をゆがめほくそ笑んだ。
 王城で行われた新年最後の宴以来、二人の関係にはずいぶん長い尾ひれがついて回っている。想像が加熱しただけだろうと容易に考えられる内容だ。
 しかし人々が大好きな過激な内容。いっそそんな既成事実があればいいのにとさえ思う。
 もしあの夜二人が宴の片隅でむつみ合っていた≠フが本当なら、ディルクの身分でそんな相手を放置しておくことは許されない。相手の存在を抹消するか、特別な相手であることを示す待遇を与えなければならない。
 非公式の愛人が王女と立場を争ったために巻き起こったお家騒動を知っているディルクや王なら、たとえ相手がユニカであっても、事実があればその慣習に従い何らかの措置を施すだろう。
 そんな動きはディルクにも王にもないので、やっぱり噂は噂に過ぎないのだ。
 ああ、だとしても、こうして二人が手を取り合う姿をこの場にいる者達に見せつけられるのは素晴らしいことだった。
 公爵の位を授かった国王の直臣は一族の中でテオバルトただ一人。
 この場に呼び寄せた親族達は、その位と権威に群がり、隙あらばテオバルトからそれらを奪い取ろうと陰で爪を研いでいる者達でもある。
 ゆえにテオバルトにとって、ユニカは有益でなくてはならない。
 たとえディルクが心変わりして別の女を妃に迎えようとしてももう遅い。是が非でもエルツェ公爵の娘という肩書きを背負ったユニカを娶って貰う。
 そうして二代続けてこの家から王妃を立てる。王家の系譜にエルツェ家の家名を食い込ませる。
 幸いにも、ユニカが王城へ来る前に彼女の親であったのはグラウン家の僧侶だ。

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