家名(26)
「……気にしないでくれ。あれはただの言い訳だったんだから」
その気遣わしげな赦しが、かえってちくりと胸に刺さった。
後ろめたさは、この一曲で報われるだろうか。
いや、曲が流れ始めたらあとはステップに集中するだけ。きっと何も考えられなくなる。けれどディルクがそれで満足してくれるなら。
ユニカは音楽が始まる前の気まずい静けさをやり過ごすため、ちらりと隣に並んでいたカップルの様子を確かめた。
すると彼らも横目にユニカ達を見ていて、男女はひそひそと何ごとかを囁き合う。
そしておもむろに身体を離すと、足取りも優雅にその場から立ち去ってしまう。
彼らに続き、曲の始まりを待っていたほかのカップルも次々と脇へ退いていき、気がつけばユニカとディルクだけが広間の真ん中に取り残されていた。
ディルクもそれに気がつき、かすかに溜め息をつくのが聞こえた。
「意地の悪い人達だな」
壁際へ退き、遠巻きにユニカを観察するエルツェ家の親族達。四方から冷徹な視線が刺さってくる。
それは彼女の臆病心を弾けさせるには十分すぎる状況だった。
思わずディルクに預けた手に力がこもる。彼はユニカの恐れに気づいたであろうに、苦笑しただけでユニカを離そうとはしない。
ディルクからやめるつもりはないのだ。でもユニカから振り払うことも出来ない――みんなが見ているから。
「君は知っているとおりにステップを踏むだけだよ」
「でも……」
頭の芯が冷たくなって、ディルクの鷹揚な声さえ離れたところから聞こえるようだ。
しかしそんなユニカに構うことなく、か細いフィドルの音が広間の天井に響いた。
一呼吸おいてからディルクの重心が移動するのに気がつき、ユニカもあわてて一歩後ろへ足を引く。
動き出してしまえばこの短期間で叩き込まれたステップの踏み方が頭の中にわき上がってきた。
でも、どう回ってもディルクの肩越しに無表情な貴族達が見える。絡み合い始めたいくつものフィドルの音色とクラヴィアの刻むリズムはまるで耳に入ってこない。
音楽を掴めなければユニカの動作が遅れるのは当たり前だ。ディルクは上手く誘導してくれるが、これでは彼の足を踏むなり自分の脚を絡めてしまって転ぶのも時間の問題。
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