天槍のユニカ



救療の花(3)

 冗談のつもりで言ったのだが、サンダルの紐を結ぶエリュゼの手は一瞬止まった。
「本日の昼食会にお集まりなのは、大守を任される大貴族や閣僚など、主立った廷臣の方々です。わたくしどもにはあまり関わりのないことですわ」
「そう」
 一口に貴族といってもピンからキリまでいる。代々の世襲貴族である公・侯・伯、爵位の継承を一代から四代までに限定される子・男。国内を十二に分割した領邦を治める知事職・太守を努める家柄。中央で各役所の長を務める閣僚、官僚。
 エリュゼやほかの侍女たちのように、城内で侍官を務める者の家柄はさほど高くない。
 平民から見れば彼らも貴人ではあるが、やはり雑用係であることには変わりなかった。彼らは王族や高位の貴族の身体に直接触れるような仕事、食事の世話などをこなし、それ以下の雑用は平民出身の召使いが引き受けるという具合だ。
「お部屋へお戻りになったら、どうぞお食事を」
「いらないわ」
「それではお身体もよくなりません」
「食べられないのよ」
 傷は塞がったが、中≠ェ治っていない――ユニカがそう思うもう一つの理由だ。少しでも噛まねばならないような食べものはまったく受け付けない。
「今日も陛下からヨーグルトが届いております。蜂蜜を混ぜてお出ししますので、それだけでも」
「……」
 今日は二度目の意見。
 サンダルの紐を結び終えたエリュゼが顔を上げると、目が合う。お互いに不機嫌な顔をしていたことだろう。二人はすぐに視線を逸らし、ユニカはエリュゼの肩に掴まって椅子から立ち上がった。
 侍女のフラレイの話では、エリュゼは非番を明けて戻ってきてから随分ピリピリしているという。
 体調不良のリータが戻って来ず、人手が足りないからではないのかとフラレイは漏らしていたが、部屋に籠もって過ごし、時々図書館や温室へ出向くだけのユニカの世話に人数はいらない。人手が足りないというより、フラレイとテリエナの要領の悪さがエリュゼをいらつかせているだけではと言い返したくなった。
 が、年少の二人がもたもたしているのはいつものことなので、それが原因ではないのかもしれない。

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