救療の花(2)
「エリュゼ、お湯をちょうだい」
しばらく浸かっている内に湯が冷めてきた。ユニカは衝立の向こうにいる侍女に呼びかける。
エリュゼは湯壺を抱えてやって来たが、湯船にぐったりとして浮かんでいるユニカを見るなり無言で湯壺を降ろした。
侍女の気配が近くまでやって来たのに、一向にお湯が注がれない。怪訝に思ってユニカが振り返ると、エリュゼはタオルを広げている。
「お湯をちょうだいと言ったのよ」
「もうおあがりください。まだお熱も引いていらっしゃらないお身体で、長時間の入浴はよくありません」
ユニカはむっと唇を引き結んで……結局何も言い返さずに大人しく湯船から出た。
エリュゼは昨年からユニカの傍につき始めた侍女だったが、まだ彼女の人柄は掴めていない。
ほかの侍女同様、普段はユニカから距離を置いているし、あまり目も合わせない。ユニカが呼びつけない時はほかの娘たちと一緒になってお喋りに興じていることもある。
違うのは、何を頼んでもきっちりと仕事をしてくれるところ。そして、時々こうしてユニカに意見するところだ。
夜更かしを諫められるし、本やレース編みに夢中になって食事を抜こうとすると、やはり小言を言われる。
彼女の言うことは概ね正しい上にどこかユニカを気遣った諫言ばかりなので、ユニカはついつい従ってしまう。
エリュゼはぼうっとしているユニカの身体を拭き、手際よく下着を着せてガウンを羽織らせた。
「……フィドルの音が聞こえていたと思うのだけど」
浴室に入ってきた時、湯気を逃がすために開け放たれた天窓から風に運ばれた音楽が微かに聞こえていたのだが、ぼんやりしている内にその音色は消えた。風向きが変わったのだろうか。
呟いたユニカをちらりと見上げ、エリュゼは主の足許にサンダルを用意する。ユニカの足を取ってそれを履かせながら、彼女もまた呟くように言った。
「迎賓館で王太子殿下ご主催の昼食会が行われているはずです。その音楽だったのでしょう」
「あなたは行かなくてよかったの?」
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