天槍のユニカ



家名(25)

 たとえディルクがユニカに青金の飾りを贈っていたとしても、彼が手を取るべき姫君はほかにいる。
 ヘルミーネの言葉を借りるなら『次代の国王の婚姻というのは、それほど簡単なことではない』。
 だから、これで伝わって。
 「分かった」「もういい」と。
 差し出した右手の指の腹を、そろりと撫でられる感触。
 ディルクの手のひらに恭しく迎えられる己の手を見つめながら、ユニカは深い安堵と心臓がいっそう強く拍動するのを感じた。
 早鐘を打つ心臓が訴えているのは緊張か、ほかの何かのせいか、分からないけれど。
「本当にいいの?」
「……や、約束をしたのに、まだ、殿下とは踊っていませんでしたから」
「……ああ」
 最後の一曲をともに。その約束が果たされなかったのはあの夜。
 抵抗を抑えつけられ、もののように手荒く扱われるのは二度と御免だ。
 でも、ディルクの大きな掌は嫌いではなかった。無理に触れてこないというならそれでいい。
 それだけだったらこんな誘いに乗る必要もなかったのに、ユニカは手を引かれるままふらふらと広間の中央へと進み出た。
 クリスティアンとほかの奏者達が一緒に譜面を確かめている。次に奏でる曲が決まったのだろう。
「俺にフィドルを教えてくれたのはクリスの父なんだ。二人で一緒に習っていた」
 背中に腕を回されると、ディルクの囁きはいっそう耳許に近くなる。それにどぎまぎしつつ、ユニカもディルクの肩に手をかける。
「あの、さっきのお話……トルイユとの……」
 フィドルを構えたクリスティアンの姿を見ると、冷たく静かな憎しみに燃えるディルクの顔が思い出された。
 あの話はユニカにとっては養父を失った時の話と同じ。ディルクが心穏やかでなかったのも無理はない。ユニカだったら、到底あんなふうには話せない。生半可な気持ちで口にしたのではないはずだ。
「殿下にとってはお身内を亡くされた時のお話だったのに……私は腹を立てただけで、その、ごめんなさい」

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