家名(23)
「エルツェ公爵と話をしてこないと。今のエリュゼの件で」
「そんなのあとでもいいじゃない――待って、その気まずそうな顔、まさか仲直りしてないの?」
遠慮のないレオノーレの声の大きさにディルクは眉を顰めた。
その表情を図星ととったのだろう。公女はあっという間に機嫌を損ねる。
「なんで仲直りしていないのよ! せっかくあんなに公爵に怒られたのよ!」
「頼むから声を抑えてくれ……」
「それでまだ元気がないのね、ディルクったら。あんなにちょっとの酒でご機嫌になるなんておかしいと思ってた。空元気ね、そうでしょう」
音量は抑えても勢いはそのまま、レオノーレはディルクに詰め寄って苦々しい彼の顔をのぞき込む。
手を掴まれているユニカは引っ張られてよろめくが、いつもの通りレオノーレが気づく気配はない。
「踊って仲直りしてきたらいいわ。昔から男女が堂々と密着できる舞踏会は秘めごとを囁くのにうってつけだって言うじゃない。二人の話は邪魔されないわよ」
ユニカがよろけたのには気づかなくても、自分がユニカの手を掴んでいることは覚えているらしい。胸を張ってそう述べたレオノーレはユニカを身体ごと自らの方へ抱き寄せ、円舞を踊る構えをしてみせる。
そうして至極当然のようにユニカをディルクに差し出そうとするのだ。
しかし、突き飛ばされるように押し出されてきたユニカを受け止めるものの、彼はすぐにその手を引いた。
ディルクとの間に出来た一歩の距離を見下ろし、ユニカは目を瞠る。
ユニカから作ったのではない距離。いつもならユニカが後退ることで出来るこの一歩が。
身体を押し戻された感触が肩に残っている。
違うのに、いつもなら逆なのに。
『俺から君に触れることはしないよ』。あの言葉が耳の奥によみがえってきた。
こういうことなのか。
わけの分からない混乱が頭の中を埋め尽くしそうになった。その時、
呆然としながら足許を見つめるユニカの視界に、そっと手のひらが差し出された。
恐る恐るその手の主を見上げると、彼はいささか緊張した面持ちでじっとユニカを見つめていた。
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