家名(22)
ユニカはディルクの表情が視界に入らないよう注意深く、目を眇めてクリスティアンのことを睨みつける。どうせ彼はディルクの味方だ。
ところがユニカの敵意も虚しく、睨めつけた先にいる彼はにっこりと微笑んでいて、おもむろに広間の様子を見渡すとこう言った。
「ところで、せっかくですからお二人で踊っていらしては? ちょうど曲も変わり目です。フィドルが借りられるようなら私が一曲献じましょう」
いっきょく?
曲ではなく話の変わり目についていけなかったユニカが目を瞬かせているうちに、クリスティアンは立ち上がる。そうして広間に音楽をもたらす楽隊の方へと去っていく。
そうか、彼もフィドルを弾くのか。騎士というのは案外なんでも出来るのだな。
「あら、クリスが弾くの! いいわね!」
ぼんやり感心するユニカは大げさに驚くレオノーレの声で我に返った。
エルツェの兄弟を侍らせつつもユニカ達の会話に聞き耳を立てていたに違いない。彼女はそれまで熱心に話を聞いていたとおぼしきアルフレートとお気に入りのカイを置き去りにして、ユニカを椅子から引きはがしにやってきた。
「観客も少ないから緊張しなくて済むし、ちょうどよかったわね」
「ま、待って」
何も「ちょうどいい」ことなどなかった。
それに、観客の数は少なくても質は最悪だ。みんな目の端にユニカの姿を入れて冷たく監視している。
見られている――レオノーレに対する態度も。
広間の片隅にエルツェ公爵の姿が見えた。
彼は朗らかに笑い年嵩の親族と話しながらユニカのことを見ていた。
一見穏やかそうな眼差しは、しかしレオノーレに誘い出されたユニカの一挙手一投足を監視している。
彼らの存在を思い出した途端に身体がすくみ、強く抵抗することが出来なくなる。
「ほら、ディルクも」
続いてレオノーレはディルクの腕も引っ張って立ち上がらせた。
立ち上がるまでならさしたる抵抗を見せなかったディルクだが、レオノーレが彼の手とユニカの手を重ねようとした途端、さりげなくその指をほどいた。
「何? 踊らないの?」
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