天槍のユニカ



家名(21)

 お互い譲り合うように話の幕が引かれようとしていることにユニカは胸がもやもやした。
 結局、エリュゼとの話はクリスティアンにとってもよい話。勝手に話を進めようとするディルクのことは諫めても、破談にするほど強くは出ない。
 それに、納得いくまで話し合えだなんて。エリュゼがいいと言うまで待つみたいだ。
 つまり嫌とは言わせないということ。
(勝手に、決めて……)
 扇子を握る手に力を込め、少し躊躇する。
 けれどディルクが立ち上がろうとする気配を感じ、ユニカはついに顔を上げた。
「殿下がおっしゃると、エリュゼにとっては命令になるのではないですか」
 腰を浮かせたディルクは何故か苦い顔をした。ユニカには一声もかけないまま、彼はいずれかの貴族と話をしに行くつもりだったらしい。
 しかしすぐにそんな表情は消し去り、おおらかで、けれど少し困ったように眉尻を下げながら微笑み返してくる。
「ああ、だから二人で話し合えと――」
「それで、本当にエリュゼが自分のしたいように出来ると思いますか」
 ディルクはエリュゼの責任感につけ込んでいるだけだ。ユニカが、執着するものを盾にされ、王族のまねごとをさせられているのと同じ。
 言葉にはしなかったが、ユニカが腹の底で燃やしている思いを汲み取るのはディルクにとって容易いことだったろう。
 彼は口を噤む。
 なんと返そうか考えているのか、それともユニカの口出しはさしたる問題ではないと思い、この場を収める方法を考えているのか。
 答えが出る前に、目を合わせていることに耐えきれなくなったのはユニカだった。
 覇気のないディルクの視線がいたたまれなくて、顔を背けた彼女は喉にせり上がってきた苦い感情を呑みこんだ。
 泣いていたのはエリュゼだ。求婚されたせいで混乱しているのは私だ。
 なのに、どうして。
 どうして、そんな目を。傷ついた目をするのだ。
「ユニカ様。無理強いしないと言うからには、ディルク様にはその言葉を確かに守っていただきます。ただ、我々には臣下としての義務もあります。それも踏まえて伯爵とは話をしますので、この場はどうかお収めください」

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