天槍のユニカ



家名(20)

 エリュゼは亡きクレスツェンツの命を受けてユニカの許へやってきた。
 始まりや彼女が大切にしているものがなんであれ、これまで数え切れないほどわがままを聞いて貰い、またエリュゼの身分が明らかになってからは貴族としての彼女がユニカの傍にいてくれた場面は多い。
 詰まるところ世話になってきたのに、ユニカからしてやれることは何もない。意にそまない結婚も貴族の間では普通のことだとレオノーレに言われてしまったら。
「シヴィロの貴族法を詳しくは知りませんが、女性の爵位継承が一時的なものに限るという文言はないのでは? 少ないですが先例もありますし」
 なんの口添えも出来ないユニカに代わって、当事者でもあるクリスティアンは饒舌だった。
 ディルクが一瞬顔を顰めたのは、友人の言う先例≠ェブリュック女侯爵のことを指すからだろう。
 案の定、彼はクリスティアンから顔を背け吐き棄てるように言った。
「女に強い権限を与えるとろくなことにならない」
「それはディルク様の偏見です。ウゼロではどれほどの女性が実務官僚や地方の執政官として活躍していますか? それに、レオノーレ様やグリーエネラ女公爵を頼りにしておきながら、そのお言葉は都合がよすぎるのでは?」
「……あの二人は俺の中では女のくくりに入らない」
「それは失礼でしょう」
 上手い言葉が思いつかなかったのか、杯を干したディルクはクリスティアンの失笑を誘うような言い訳を口にしただけで黙り込んだ。
「私のために配慮していただいたことには感謝しますし、爵位もいただけるならいただこうと思っていました。しかし、ほかのどなたかのものを奪うのは御免です」
「……」
 ディルクは心底面白くなさそうに杯の縁をなぞっている。この場はクリスティアンの勝ちということであろう。
 その証拠に、ディルクは空になった杯を給仕の召使いに渡して大きな溜め息をつく。
「分かった。さっきも言ったがもともと無理強いするつもりはなかったんだ。政治的な話は気にするなとエリュゼに言っておく。ただし、まだ白紙にはしないからな。納得いくまで話し合ってくれ」
「分かっております」
 クリスティアンはディルクに苦笑を返す。

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