家名(19)
「そうでしょ。ディルクやクリスの活躍ぶりももっと聞かせてあげるわ。だからユニカと席を替わってこっちにいらっしゃいよ」
――そうきたか。
ユニカが息を呑むと同時に、あどけなく物欲しそうな視線が隣の席から飛んでくるではないか。
「れ、レオがこちらに座ったら?」
「だめ。主役は真ん中でなきゃ」
ささやかな抵抗を試みたが、レオノーレにしたら羽根でくすぐられるほどのこそばゆさにもならなかったらしい。
彼女の殺気さえ感じる笑みに後押しされ、ユニカは仕方なく腰を浮かし、アルフレートと席を替わった。
背中に感じる暖炉の温もりと、広間の中央に進み出て踊り始めた貴人たちに意識を集中させ、隣に並ぶディルクのことは考えないようにする。それでも心なしか右腕がむずむずする。
「それで、どうする? テナ侯爵」
ユニカの警戒をよそに、ディルクはクリスティアンに向かって無邪気に首をかしげた。
「ご命令ならば従います。ただ、先方にはあまり歓迎されていないようです」
「命令はできないよ。お前はまだ大公家の家臣でレオの部下だ。でも、歓迎されていないというのは?」
「大公家への忠誠を棄てていいのかと問われました」
召使いが持ってきた椅子にクリスティアンも腰掛けると、ディルクは肘掛に頬杖をついて苦笑した。
「言うな、彼女も。なかなか生意気なところがあるとは思っていたが」
「私が言われるぶんには構いません。ただ、爵位を持つ矜持はある女性とお見受けしました。ユニカ様のことも、」
「……はい」
「大変気にかけておられるようです。ユニカ様のためにも、ディルク様の側近としてお迎えになればよろしいのでは」
「……」
冷静に、しかし優しげに微笑むクリスティアンにユニカはなんと返していいのか分からなかった。
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