天槍のユニカ



救療の花(1)

第5話 救療の花


 ユニカは肌にまとわりつく気泡を払って遊びながら口許までお湯の中に沈み込んだ。
 湯船の縁に首を預けゆったりと四肢を伸ばす。数日間、痛みを堪えるために縮こまっていたせいで凝り固まった身体が心地よくほぐれていく。思わず長い溜め息が漏れた。
 ようやく一人で伝い歩きが出来るほどに回復したので、今日は起きてすぐに久しぶりの湯浴みを用意させた。入浴は心と身体の調子を整えると教えてくれたのは亡き王妃だ。城に湧いているソーダ水を温めて使うとなおよいらしい。
 確かに憂鬱な気分も少しはほぐれていく。お風呂はいいものだ。
 しゅわしゅわと肌をくすぐる泡に包まれた自分の身体をじっと見下ろす。
 胸元と腹に青黒い大きな痣が出来ていた。まだ痛みは引いていない。傷は塞がったが、きっと中≠ェ治っていないのだろう。
 痣をそっと撫でる。逃げる気泡。忌み嫌われている証。
 これほどの怪我をしたのは初めてだった。短剣で三カ所も刺されながら自分は生きていられるのかと、驚きを通り越して呆れる。
 そして冷静に傷跡を見下ろしてみると、クヴェン王子が――国王の唯一の実子が死んだことの重大さがよく分かった。
 現在の国王に最も近い重臣たちは十年先の未来を見失い、ウゼロ公国から世継ぎを迎えたことで、公国よりの貴族が勢いを増している。
 そんな中で、ユニカは国王の汚点であり弱みであり執着の対象。王家を慕う貴族からすれば洗い流しておきたい染みのようなものだ。大公家を仰ぐ貴族からすれば、大公家出身の王太子に近づけたくない不穏分子。
 誰から見ても、ユニカは排除したい存在だった。
 また襲われることもあるかも知れない。
 傷に添えていた手を握りしめる。そして、大したことではないと自分に言い聞かせた。首を刎ねるなり心臓を抉り出すなりしなくては、ユニカは殺せないはずだ。
 いくら襲っても脅しても無駄。あの娘はそこにいるだけなのだと貴族が思い出すまで、ユニカは毅然として傲慢な態度を貫き、西の宮に籠もっていればいい。
 それに伴う苦痛にはいくらだって耐えてみせる。約束の時を迎えるまで、じっとここで待つと決めたのだから。

- 85 -


[しおりをはさむ]