家名(15)
それを好ましいと思いながら、クリスティアンは眉尻を下げた。
「そうか。今ほど君の姉君と話をしていたのだが、私の不注意で不快な思いをさせてしまったようだ。申し訳ないが様子を見て来て貰えないだろうか。いずれかの控えの間にいらっしゃると思う。ユニカ様には、事情をお話ししておくよ」
どういうことだろう、と言わんばかりに不思議そうな顔はしていたが、しっかりと躾けられた幼い侍女は余計な疑問を口にせず、再びぺこりと頭を垂れてエリュゼが姿を消した方へと走っていった。
* * *
客達の腹ごなしのおしゃべりも済んだ頃。人々が思い思いにくつろぐ広間に緩やかな音楽が流れ始めた。
ぽろぽろと軽やかに人々を誘うクラヴィアの音色に、大小のフィドルが控えめな歌声を重ねる。どうやらここからは舞踏会となるらしい。
王太子と公女、そしてエルツェ家の息子二人が集まっていると、さすがに分家の者達もユニカに向けて棘のある視線を投げつけることが出来ないらしい。正真正銘王家の血を引く彼らに囲まれてからというもの、ユニカは少し落ち着いてアルフレートの持ってきた葡萄酒を味わう余裕が出来た。
もっとも、四人の会話には参加していない。アルフレートの向こう側に座るディルクからは極力目を背けている。
早くもユニカに懐いた様子のアルフレートが(どうして懐かれたのか心当たりはないけれど)、ユニカの隣の席をディルクに譲らなかったのはありがたい。
そうして微妙な居心地の中で黙っているうちに、四人の話題にものぼっていたクリスティアンが広間に音楽を流す楽隊を横目にしながら戻ってきた。
ところが彼一人だ。ディディエンに探しに行かせたはずだったが。
「クリス、ディディに会わなかったか? 探しに行かせたんだが、すれ違ったかな」
「いえ、途中でお会いしたプラネルト伯爵の様子を見に行って貰いました」
「エリュゼはどこに?」
「……酔ったので控え室へ行くとおっしゃっていましたが」
「そうか。――逃げたな」
レオノーレ同様、ディルクも随分酒がすすんで機嫌がいい。そう言って気怠げに肘掛けにもたれかかり、溜め息をついているものの唇はゆるく弧を描いている。
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