家名(13)
誇らしげに言い切ったクリスティアンを呆然と見つめていたエリュゼの中で、何かが音を立てて切れる。
「……わたくしには必要です、わたくしは、あなたと違って、剣で功績を立てることなどできないのだから」
「はい?」
「必要ないなら、王太子殿下にそう申し上げればよいではありませんか!!」
渾身の力を込めて叫び、エリュゼは踵を返した。
脚に絡まってくるドレスの生地を振り捌き、半ば走るようにクリスティアンから遠ざかる。
爵位が必要ないなんて、エリュゼには言えない。
王家の血がほんの一滴は混じっているであろうこの身と、それを証す家名と爵位がエリュゼの持てる力のすべてだ。そのほかにはなんの力もない。
あんなに容易く爵位を棄てられる男にユニカのことを任せられるわけがない。
しかも彼が爵位を棄てる理由は、エリュゼが爵位を手放したくない理由よりずっと不純だ。たとえ確かな忠誠心がそこにあっても。
控えの間の一つに駆け込み、世話を申し出てくれた女中を追い出すと、エリュゼは扉の前に座り込んだ。
クリスティアンには彼自身が培い身につけた力がある。爵位がなくても何かを成せる。
そんな彼に、ディルクがあえて爵位を用意しようとする理由は分かる気がした。
でも、それを認めるわけにはいかなかった。
認めてしまったら、やはりエリュゼはプラネルト伯爵ではいられなくなる。ただの貴族の娘になってしまう。
いいや。その実態を隠すことができなくなってしまう。
エリュゼはそれが恐いのだ。
なんてちっぽけな恐れ。
クリスティアンを呼び止めるのではなかった。
後悔しながら、エリュゼは膝頭に額を押し付けて嗚咽を漏らした。
足早に立ち去るエリュゼの姿を見送ったクリスティアンは、とっさに伸ばした手を虚しく引っ込めた。
クリスティアンが声をかける前からエリュゼは泣いていたようだったが、さて、自分は更に彼女のことを不快にさせてしまったらしい。
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