天槍のユニカ



家名(12)

「私にも弟がいるのですが、」
「はい……?」
「私は昔から何かと要領がよかったので、それなりに周りの期待に応えるのは得意で、そのせいで弟はいつも私の陰に隠れてしまっていました」
 それはなんの自慢だ。
 エリュゼの気分は途端に冷めるが、クリスティアンは気づかないまま、真っ暗な庭園に茫洋とした視線を投げかけた。
「なので、弟は騎士号を授かるとすぐに一族を抜けました。たった一人でエイルリヒ様に仕官する道を選んだのです。大公家のきょうだいのみな様は複雑な関係でしたから……テナ侯爵のせがれだというだけで、あちらで認められるのには苦労したでしょう。それでも弟は戻ってきませんでした。戻っても私の部下にしかなり得ませんから。それより自ら身を立てる道を選んだのです、どれだけ困難でも」
「……」
「弟はエイルリヒ様の騎士として立派にやっています。部隊は違えど、同じ戦に出て功績を積んでいるのも間近に見ています。ですが、私がエイルリヒ様に仕えることになれば、弟が築き上げたものをそっくり奪い取ることになる」
 エリュゼはぎゅっと唇を噛んだ。
 そんな理由で公国を棄ててくるのか。弟から奪うのは嫌で、エリュゼから奪うのはいいのか。そんな勝手な願いを、ディルクは叶えようとしているのか。
 クリスティアンに掴みかかりたいのを必死で堪えていると、彼は凪いだ目をこちらに向けてきた。
 何かを諦めたような視線に虚を突かれ、エリュゼの肩にこもっていた力が抜ける。
「しかしディルク様が王家へ入ると決まった時、気がついたのです。大公殿下のお望みはテナ侯爵≠ェエイルリヒ様を支えていくこと。私でなくてもよい、弟でよいのです。むしろ弟の勝ち取った信頼が、エイルリヒ様の騎士達と我が一族を繋いでくれるでしょう。だったら私はディルク様のもとにいて、弟とエイルリヒ様への橋渡し役になれればよいだろう、ウゼロでは身を退くべきだろうと――もちろん、ルウェルと同じようにディルク様にお仕えし続けたいというのが一番ですが。それにしたって、私個人に爵位は必要ありません。ディルク様がお許しくださって、誇れる弟がエイルリヒ様にお仕えしている限り」
 必要ない。
 必要ないなんて。

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