天槍のユニカ



家名(11)

「大公家にお仕えする騎士でしょう。それも、テナ家は公国の建国時代から続く武門の名家です。いくら兄弟同然の王太子殿下が王家に籍を移されたからといって、あなたはそのように易々と大公家をお棄てになってもよいのですか? あなたの剣は誰に捧げられていたのです? 大公家に捧げられていたのだとしたら、随分と軽く翻せる――」
 相変わらず不思議そうにエリュゼを見ていたクリスティアンだったが、吐き棄てるようにエリュゼが言ううちにその視線は鋭く尖っていった。エリュゼがつい口を噤んでしまうほど。
 睨みつけられているわけではなかった。しかしこちらの悪意を、嫉妬を、正確に読み取られているのが分かり、エリュゼはたまらず視線を逸らす。
「確かに、伯爵がそのように思われるのも仕方がありません」
 どんな反撃があるのかと身構えていたが、返ってきたのは溜め息混じりの自嘲だった。
 目を眇めてクリスティアンを見れば、彼は腰に吊した剣の柄を静かに撫でていた。
 剣は騎士にとっての命の鑑。軽いなどと罵られては黙っておけないもの。
 なのに彼は、困ったように笑っているだけだった。
「確かに私は大公家のために戦ってきました。もちろん公国やそこに暮らす人々にも愛着があって、私が守るべきものだとも思っています。ただ、その義務を負うテナ侯爵≠ヘ、私である必要はありません」
「……どういうことです?」
「伯爵がご存知の通り、我が一族は恐れ多くも大公家を支えてきた歴史を持ちます。そして私の母はシヴィロ王国のコースフェルン侯爵家の娘です。それゆえ王家にも縁があり――二十一年前、ディルク様をお育てするよう大公家から命じられました」
 動揺しないようにはしたが、エリュゼは知らずのうちに息を呑んでいた。
 先日聞いた王太子の実父母の話。クリスティアンはディルクとともに育った仲だ。そしてすでに家を継いでいる。秘密≠煬黷闌pがれているのだろう。
 そこには詳しく触れないまま、しかしお互いに知っていることを視線だけで了承し合い、クリスティアンは更に続けた。
「以来、我が一族はディルク様を通して大公家にお仕えしてきました」
「だから、もう大公家に忠誠は誓えないと……?」
「いいえ。ディルク様の後見という古い役目を終えたのなら、次は後継に定まったエイルリヒ様にお仕えするのが筋でしょう。しかし、ここからは我が家の中の問題で」
「……はい」

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