天槍のユニカ



家名(2)

 公爵の手に支えられながら、ユニカは硬直していた脚を動かしどうにか立ち上がった。
 少しふらついてしまえば公爵の手に痛いほどの力がこもる。無様なところを見せるな、と声なき声が聞こえた。
 教えられた通りに胸を張り、少し顎を引き、ゆっくりとふた呼吸かけてエルツェ家の面々を眺めてから、無言のうちに腰を折る。
 ただの動作だ。大丈夫、失敗していない。
 そう言い聞かせて自分を落ち着かせ、もはや恐怖といっていいほどの緊張を押し殺して再び顔を上げた。
 客人達はやはり感情をひた隠しにしてユニカを凝視している。一族に迎え入れるに相応しいか、公爵家の地位をおとしめる娘ではないか確かめるように。
 無慈悲なまでに淡々と値踏みする彼らの目には形ばかりの歓迎の色すら浮かんでこない。
 しかし――
「ようこそ、ユニカ様――姉上=Bおいでになるのを楽しみにしていました。エルツェの一族はあなたを歓迎します」
 カタリと椅子を揺らす音のあとに、抑揚のない少年の声が響く。
 びっくりして視線をめぐらせると、少し離れた席で立ち上がっていたのはカイだった。確か、エルツェ公爵の長男。
 その顔はとても「歓迎している」ふうではなかったが、ほかの親族達は一斉に当主の嫡子に驚きの目を向けた。
 打ち合わせにない状況だったので、ユニカは目を瞠ったままついきょとんとしてしまう。
「お辞儀を」
 すると即座に耳打ちしてくる公爵。ユニカはほとんど反射的に腰を折る。
 ユニカが顔を上げる前に、手を叩く音がぱらぱらと聞こえ始めた。控えめではあるが、それが宗家の意思に賛同を示す拍手であると分かれば思わずへたり込みそうになる。
「エルツェ公爵、そしてカイ殿」
 腰を抜かすようにユニカが座ると、拍手の合間を静かな声が走る。
 手を打つ音がさざ波のように頼りなく消えていく。すべての者が彼に釘付けになる。
「エルツェ公爵家が王家の信頼に応え、新たな縁が結ばれたことを嬉しく思います。亡き王妃様が慈しんで育てられた花を、」

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