天槍のユニカ



家名(3)

 次に立ち上がり、エルツェ公爵と、そしてカイを順々に見据えたのはディルクだった。
 まるで役者のように彼らと向かい合い視線を交わした王太子は、その眼差しをユニカにも向ける。
「どうぞ大切に庇護してください。何者かに摘み取られたりすることのないように――」
 浮かんだ苦笑はどういう意味だったのか、ユニカには分からない。
 しかし王太子とエルツェ公爵の間で交わされたこの遣り取りが、ユニカにまつわる王家と公爵家の契約の成立を示すことは、その場の誰もが理解した。


 ひそひそと囁くだけの声で会話が交わされる奇妙な晩餐会は早々に区切りがつき、エルツェ家の客達は食卓を離れ、広間に用意された椅子やソファに腰掛けて思い思いにたむろしていた。
 とはいえこの時間も宴の一部らしく、ユニカが部屋へ逃げ帰ることは許されなかった。
 王家の血を引く人々の集まりとはいえ、この場で最も身分が高いのは王太子、次いで王族であるユニカ、公女レオノーレ、その下にようやくエルツェ家の当主であるテオバルトの一家……と続く。
 しかし、今日の主賓はユニカだ。若き日のリーゼリテ王女の肖像画の前に据えられた最も目立つ上座がユニカの席だった。暖炉が近くて暖かいのだけが救いだ。
 その席でエルツェ家の人々の挨拶を受けるのが今日の仕事のはずだったが、彼らはそれぞれの席から遠巻きにユニカを見るだけで近寄っては来ない。
 予想出来ていたし、年明けからさんざん経験してきた状況だったが、相手が少数ですべての表情が見えるだけに、このあからさまな拒否にはさすがに傷つく。
 分家といえども王家の末裔。彼らにはユニカを認める気などさらさらないのだ。
 先ほどの拍手は、当主であるテオバルトやその嫡子カイ、同席する王太子の顔を立てたに過ぎないと今更気づいた。
 彼らの気持ちは分かる。だって、ユニカは貴族の血など一滴も引いていないし、何かの功績を認められて王家の身分に迎えられたわけでもない。
 ただの王と王太子のお気に入り≠ナ、それだけに貴族にとっては不安因子だ。
 ただ、突き放すよりは一族の中に囲っておいたほうがよいと判断した。それがエルツェの一族の総意なのだ。彼らにとってユニカは扱い辛い政略の駒でしかない。
 食事を終えてからずっと付き添ってくれているエリュゼの隣で、喉を掴まれているかのような緊張に縮こまっていたユニカだが、自分の爪先の前に二組の足が並んだことに気がついて顔を上げた。

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