天槍のユニカ



家名(1)

第3話 家名


 広間に現れたユニカを、集まった人々は静かに迎え入れた。
 静かに、本当に静かに。
 口をきく者は一人としていない。女達も扇の陰で囁くことすらせず、給仕をしていた使用人達も手を止め足を止め、当主たるテオバルトの隣に腰を下ろすユニカをじっと見つめていた。
 会場にいるのは、ユニカやレオノーレの警護のために城からついてきた騎士の一部や給仕の使用人達を含めると六十名ほど。うち晩餐のテーブルについている二十名ほどの貴族がエルツェ公爵家の親族≠轤オい。
 それだけの人数がそろっていて全員が黙れば、広間は異様な空気に満たされる。唾を呑む音さえ響くのではないかと不安になった。
 絶対にうつむくなと公爵夫妻から厳命されたので、ユニカは食卓の上にある花瓶を見つめることにして、こちらに向けられた視線は知らないことにしようと決めた。
「所領へお帰りの間際、お集まりいただいた皆様に感謝いたします。今宵は王家より託される重大な預かりものについて皆様にお知らせいたしたく、この席を設けました」
 テオバルトは杯を持って立ち上がり、いつになく恭しい口調でそう切り出した。
「元日の陛下のお言葉には驚かれた方々ばかりでしょう。王城に隠された姫君がおいでのことは皆様もご存じでしたでしょうが、その秘君≠大切に隠していたのは我が妹、今は亡き王妃様でいらっしゃいました」
 客達の視線はそろりと動いて周りの反応を探り始めたが、やはり誰も声を発しなかった。
 万が一にも彼らの視線と出会わないように、ユニカは息を止めて美しく活けられた花々を見つめる。
「ところがその庇護者たる王妃様はすでに世を去られ、また長じた花の色も香も隠し続けるのは容易いことではありません。陛下は王家と縁を結んだ花を安けく咲ける場所にお移しになりたいとおっしゃり、その役目を我が公爵家に賜りました」
 そういう仰々しい例え話はいいから早く終わって。
 うつむけない代わりに眉間にしわが寄りそうになり、それも堪えようとすれば、下唇の内側をきゅっと噛みしめるしかなかった。
「ユニカ様が賜った三つ名はリーゼリテ=c…王家から降嫁した我が曾祖母、リーゼリテ王女の名にあやかったものです。我が妹と家史に名を残す大お祖母さまからいただいたご縁と思い、ユニカ様を我が一族に迎え入れたいと考えております。さぁ、お立ちなさい」

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