天槍のユニカ



くれ惑い、ゆき迷い(14)

 駆け引きに持ち込まれるよりはずっと楽な提案に、ディルクはついほくそ笑む。その笑みはエルツェ公爵の警戒心をいささか強めてしまったようだったが、ディルクには彼をおとしめるつもりも利用するつもりも毛頭ない。
 むしろこの話が実を結べば、ディルクにとってはもちろん、エルツェ公爵家にとっても大きな利益になるはずだ。
「でしたら、単刀直入に申し上げよう。エリュゼを妻にしたいのです――私の友人の」
 きょとんとするエリュゼの反応は予想出来ていたが、年が明けてから夜会の度にエリュゼに見合いまがいのことをさせ、彼女の夫候補を探していた公爵が驚くとは想定していなかった。
「公国の大軍閥を束ねてきたテナ侯爵家と縁を結んでみるのはいかがですか。もちろん、エリュゼの夫となる者が決まったというのなら無理強いは出来ませんが」
「……なるほど、テナ侯爵が公国へは戻らず、近衛に入隊するというのはすでに確定したお話だったわけですか。それで殿下は乳兄弟でもある侯爵にシヴィロ王国での明確な地位を与えたいと。結婚は手っ取り早い。しかも中継ぎの娘が爵位を持っているプラネルト伯爵家は王家の末裔ともいえる。よそ者のテナ侯爵に与えるには素晴らしく都合のよい爵位(タイトル)です」
「はい。ここのところよい家名はないかと探していましたが、なかなか見つからなくてね。陛下にも相談しづらく困っていましたが、そういえば、と思いつきまして。もしお受けいただけるのであれば、このことは公から陛下に提案していただかねばなりません。私から言ったのでは、友人に対するただの贔屓(ひいき)ですからね」
 実際、この話の大部分を占めるのはクリスティアンに対する贔屓にほかならなかったが、彼の存在が大公の直臣≠ナある以上、どうしたって問題は政治的だ。
「しかしこの話が成就すれば、シヴィロ王国とウゼロ公国を結ぶ強固な綱の一つになり得るでしょう。テナ家は、侯爵位でありながら大公殿下が己を含む四公≠ノ数えた公国の重鎮です。エイルリヒが大公位を継いだあとも、間違いなく重んじられる」
「なるほど。そして私は、殿下の未来の義父≠ナすし?」
 ディルクには聞き取れるかどうかの微かな声だったが、公爵の隣に座っていたカイの耳には届いたようだった。少年はわずかに目を瞠り不敵に微笑む父の横顔を凝視する。
 王太子とエルツェ公爵家と、テナ侯爵家の婚姻を基にした結びつき。結婚による勢力拡大は古くから貴族が用いてきた常套手段だ。
 歴史書に記され、やがて大樹となるそれらの縁は、百年単位で有効な力である。
「ふむ、どうしたものかな。当事者の君はどうだい、エリュゼ」

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