天槍のユニカ



くれ惑い、ゆき迷い(12)

 憂鬱そうにお茶の入ったカップを揺するディルクをぬるい目で眺めていた公爵だったが、この席に呼びつけていた者達とエリュゼが遅れてやってきたのに気がつき、ひとまず機嫌を直すことにした。
「ああ、来たか、お前達。王太子殿下にご挨拶を」
 明るい公爵の声に顔を上げたディルクは、応接間へやってきた少年二人の姿を認めて途端に憂鬱を引っ込めた。そつのない笑みを向けてやると、彼らは居住まいを正しつつも嬉しそうに目を輝かせる。
「久しぶりだな、カイ、アルフレート」
 ディルクの挨拶にまだ幼さの残る笑顔と声で応えるこの二人は、エルツェ公爵家の兄弟だ。
 長男のカイはエイルリヒと同じ十五歳、弟のアルフレートはその二つ下。暗い色の赤毛の癖や、灰色がかった緑の瞳、物怖じしない利発そうな眼差しは、父親よりも肖像画で見た亡き王妃クレスツェンツによく似ている。
 二人はまだ社交界に出るための成人の儀を済ませていない身なので、元日の宴で紹介されたきり会う機会はなかったが、今後、エルツェ公爵と合わせてディルクが仲良く≠オておかねばならない次世代の貴族だ。そして、戸籍上ユニカの弟≠ニなる二人でもあった。
 ディルクに対して敬意と憧れのこもった視線を向けてくる二人はエイルリヒより七十倍は可愛げがあるので、自分達はそう悪くない関係が築けると思う。ただ、彼らとユニカはどうか、というのはまた別問題だ。
「姫君≠ヘどちらへ行かれたのですか。僕達はご挨拶をしなくても?」
 さっそく、彼女の姿が応接間にないのを確かめたアルフレートが無邪気に問うてくる。その隣でわずかに眉根を寄せる兄のカイ。二人がユニカのことをどう思っているかは、彼らの表情が如実に物語っていた。
「夜会のための身支度に取りかかって貰ったよ。あとでご挨拶をしなさい」
「はい」
 好奇心をあらわにする弟と、年頃の少年らしい神経質さでユニカを受け入れられそうにない兄と。
 そしてこれから、エルツェ公爵家の親族を集めユニカをお披露目する宴の席が設けられる。好奇の目にも忌避の目にも、今晩のユニカは耐えねばなるまい。

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