天槍のユニカ



くれ惑い、ゆき迷い(11)

 馬車から無理矢理落とされて街を連れ回されただけの私までどうして、と不満に思いながらも、ユニカはそれを口に出来ない。
「ともあれ時間も時間です。ユニカ様と公女殿下は急いで身支度に取りかかられますように。幸い、首を長くしてご到着をお待ち申し上げておりましたので湯殿の準備は万端です。ミンナ、あとは任せる」
 公爵夫人は無言で腰を上げ、彼女に従う女中達がユニカとレオノーレを取り囲んだ。
 公爵の剣幕に反抗出来ずむすっとしたままのレオノーレ共々、ユニカは応接間を出ることになった。
 女達の背中が扉の奥に消えるのを確かめると、肩を怒らせていたテオバルトは大きな溜め息をつくとともにようやく身体の力を抜いた。
「殿下、このようなお戯れは二度となさらないでください。繰り返しますがあなた方の身に何かあれば、本当に私の頸(くび)と胴が離れます。せめて事前に一言ご相談をいただければ安全に手はずを整えますし――それほどユニカ様とお二人きりで過ごされたいのなら、くつろげる≠ィ部屋はいくらでもご用意いたしますよ。今晩、夜会のあとにでも」
「お心遣いはありがたいが、そこまでしていただく必要はありません。ただユニカと話がしたかっただけですので」
「それにしては、随分軽率な真似をなさった」
「私は、貴族達の前ならどこにいても公人ですから、人目を気にせず会いたかったのです」
 テオバルトはうなじを反らして更に溜め息を重ねる。
 言い訳になっていないことは、ディルクも自分で分かっていた。その自覚があるならこのような危ない真似をせず、素直にエルツェ公爵が用意する寝床にユニカを連れ込んだ方が賢いと見なされることも。
 だが、それはディルクの望みとは違うのだ、多分。
 トルイユという国を象徴してやって来たアレシュが憎いことも、ユニカが彼の誘いを受けたことに腹を立てて無体な真似をしてしまったことも真実だが、じゃあ、彼より先に既成事実を作れればいいのかと問われれば、頷けない。
 ユニカを自分の隣に座らせ、青金の指輪と冠を身につけさせたいのは間違いなかったから、……顔を逸らされてしまったことを思い出すと、存外気分が沈む。
 その上、ディルクからは触れないことを約束してしまうなど、我ながら正気を疑うことを言ってしまった。これでは先日の件の許しを請うて、破談になっていたダンスをねだることも出来ない。

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