天槍のユニカ



雨がやむとき(7)

 やがてルウェルが二人に追いつくと、彼らは薔薇色煉瓦の小路に姿をくらました。
 さっきまでちらついていた小雨は、すっかりあがっていた。


 何も知らされていなかったカミルは一人仰天した。
 行列を導くはずの主人はおらず、行列が運ぶはずのユニカもいない。パンを買って戻ってきた彼は失神しかけたが、首謀者と思しき公女を問い詰めるため辛うじて意識を留めた。
「これはどういうことです、公女殿下!?」
「一瞬居眠りをした隙にユニカがいなくなっていたのよ」
「そんな話が信じられるとお思いですか!? プラネルト女伯爵、あなた様もご存じでいらしたのですか!?」
 しらばっくれる公女に、苦笑するエリュゼ。カミルはパンの包みを持った両手をわなわなと震わせた。
「お、お捜ししなくちゃ。もしお二人に何かあったら……」
 片やこの国の世継ぎ、もう一人は天槍の娘≠ニ呼ばれているが王族と認められた姫君だ。ディルクにはもちろん、ユニカにだって傷一つつくことがあってはならない。
 王家への忠誠と愛情だけで生きているカミルは素直にそう思った。しかし、
「何ばかなことを言ってるの。ルウェルとクリスティアンがついて行ったから平気よ」
 レオノーレの白けた声につられて居並ぶ騎士達を確かめてみると、空馬が三頭、大人しく佇んでいた。ディルクの青駒と、王太子付きの騎士ルウェルの鹿毛の馬と、レオノーレの騎士団に属する公国のテナ侯爵クリスティアンの白馬だ。
 主の兄弟も同然のあの二人が一緒に……計画性は間違いない。
「このようなことが国王陛下のお耳に入ったらっ」
「みんなお仕置きをされるわね?」
 レオノーレは喚くカミルの胸ぐらを掴み、ぐいと馬車へ引き寄せる。
「だったらお前がすべきことは何? 共犯者として、この事態を隠し通すことでしょう?」
 殺気の滲んだ公女の声にカミルは黙るしかなかった。そしてなす術なく馬車の中へと引きずり込まれる。
「まあまあ、気楽にいきましょうよ。市井を見物しながらエルツェ家へ向かったことにすればいいじゃない。ディルク達とは四時にペトロネラ通りで落ち合う約束よ。それまでは特別に街を案内させてあげるわ。よろしくね、カミル」

- 637 -


[しおりをはさむ]