天槍のユニカ



雨がやむとき(8)

 握りしめていたパンの袋がそっと奪われるのを感じながら、カミルは今度こそ気を失った。

* * * * *

 わけも分からないままディルクに手を引かれ小路の中を走る。何度か折れ曲がって更に細い道へ入ったり、戻ったり。
 日陰の多い隘路には雪が積もっていた。
 しかしここもれっきとした人々の生活の場。扉の前を雪かきしたあとや、木箱の上に雪よけの幌(ほろ)をかぶせた荷車、窓を開けて埃を掃き出している家など、ユニカが長く目にしていなかった光景がめまぐるしく視界を通り過ぎていく。
 途中誰かに肩をぶつけてしまったが謝る暇もない。ユニカの代わりに後ろを走るルウェルが軽い調子で何事かを叫んでいた気がしたけれど、確かめるために振り返れば脚がもつれそうだったのでどうしようもなかった。
 掴まれた手と冷たい空気になぶられた頬が熱い。どこまで行くのだろう? ユニカの脚に合わせてくれているようではあったが、息が上がって死にそうだった。
 もうついて行けない……いよいよ脚がいうことをきかなくなってきた時、唐突に視界が明るくなった。
 途端にディルクは足を止め、止まりきれなかったユニカはそのまま彼の背中に突っ込んだ。後ろからルウェルも体当たりしてくる。
「うわっ危なっ! なんだよ、止まるなら止まるって言えよ!」
「ちゃんと前を見ろ馬鹿が。大丈夫か、ユニカ」
 二人につぶされたユニカは一瞬気が遠くなったが、両肩を包む掌の感触と覗き込んできた青緑の双玉に気づいてはっと身を引いた。激しく脈打っていた心臓もひときわ大きく跳ねて静かになる。
「とりあえず成功だな。カミルには悪いが」
「成功だけど、途中で道間違えただろ」
「角を数え間違えたんだよ」
「一緒じゃん。まー、反対側に出られたからいいか」
 そんな言葉を交わして笑う王太子と騎士の顔を交互に見、ユニカはようやくあたりを見回して状況を確認することを思いつく。

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