天槍のユニカ



雨がやむとき(4)

「大きな時計塔がある建物よね」
「ええ」
 向かいに座ったレオノーレは興味深そうに窓の外を覗くが、ユニカは相槌も打たずに瞼を伏せた。自分には関係のないことだ。
 ただ儀式としてエルツェ公爵の屋敷へ行き、また王城へ戻る。ほかに行くあてなどないから。王城へ戻って、一人きりで過ごす。
 もう、王もディルクも、ユニカに関わってくることはきっとないだろう。それでいい。それがあるべき姿だ。だけどそれを虚しく思う自分はおかしい。
「じゃあそろそろね……」
 悶々としたユニカの胸の内に反して、カーテンに貼り付いて外の様子を窺っていたレオノーレが楽しげに呟いた。
「そろそろ?」
 ユニカはつい聞き返す。エルツェ公爵家の屋敷はもう少し南へ下った貴族の屋敷街にある。馬車の歩みはゆっくりなので、まだ到着までに時間がかかるはずだった。
「そうよ、そろそろ」
 レオノーレはまた何か企んでいるらしい。ユニカに向いた濃い青色の瞳が玩具を見つけた猫のように生き生きとしていた。馬車に乗り込んだ途端、ユニカのドレスをめくって彼女がブーツを履いていることを確かめご機嫌になったのも関係があるのだろうが、気ままな公女が何を考えているかは予測不能だ。
 巻き込まれないことを祈りたいが、同じ馬車に乗っている時点でもう巻き込まれている気がする。
 けれど今は……とてもレオノーレの突飛な行動について行ける気がしなかった。いつも以上にだ。
 やがて巨大な時計を乗せた市庁舎の塔が現れ、その前を馬車が通り過ぎると、一行の進路は南へ折れ曲がる。先ほどよりずっと細い道に入った。馬車二台がようやくすれ違えるだけの幅しかない。
「ヴィルヘルム」
 するとさっそくレオノーレは行動に出る。人通りが少なくなったことを確かめてから窓を開け、彼女の騎士団を束ねる長を呼びつけた。馬車に並行していた騎士は即座に主の許へやって来た。

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