雨がやむとき(5)
「馬車を止めさせて」
「御意」
厳かな声で騎士が応えると同時に、蹄の音が一つ、たかたかと遠ざかってゆく。
「何をするつもりなの?」
ほどなく馬車の車輪が沈黙したので、ユニカはうんざりと溜め息をついた。
まっすぐエルツェ公爵の屋敷には迎えそうにない。これはエルツェ公爵も承知していることなのだろうか? 違うとしたら、あとあと面倒なことになるだろう。
レオノーレがユニカの問いに答えるより早く、ヴィルヘルムを伴ったカミルが馬車の窓辺へやってきた。王太子の侍従はレオノーレのことが苦手らしく、恐る恐るといった様子で中を覗き込んでくる。
「いかがなさいましたか? 公女殿下」
「お腹が空いたわ」
「はぁ」
「お昼は早めに軽く済ませちゃっただけでしょ。だからお腹が空いたのよ。さっきいい匂いのするお店があったの。聞けば煮詰めたシチューを入れたパンを売ってるって」
誰に聞いたのか知らないが、レオノーレは得意げに言う。
「買ってきて、カミル」
「それはお受けいたしかねます。公女殿下に露店の食べ物を召し上がっていただくわけにはゆきませんから……」
「なぁに、だったらお前、わたくしが飢え死にしてもいいって言うの?」
「そうではありませんが……」
相変わらず乱暴な論だ。ちょっと空腹を我慢したくらいで飢えるはずもないが、そうまで言われれば侍官に過ぎないカミルがレオノーレの希望を退けられるわけがない。
カミルは視線でヴィルヘルムに助けを求めたようだったが、援護はなかった。どうやら彼も主人の企みに荷担……もとい巻き込まれているようだ。
「では、王太子殿下にお許しをいただいてきますのでしばらくお待ちください」
「急いでね。あっ、ユニカとプラネルト伯爵の分も買ってくるのよ。この二人もお腹が空いたって」
一言も言っていないが、カミルはちょっと恨めしげにユニカとエリュゼのことを見ていった。とぼとぼと元気のない蹄の音が歩いて行く。
お気の毒に、と思う一方、ユニカは少しほっとした。レオノーレは単に買い食いの機会と思ってついてきたのかも知れない。
- 635 -
[しおりをはさむ]