天槍のユニカ



両翼を成す子ら(12)

 関わりのない。それはやはり、ブリュック侯爵家を掬い上げることはないという意味だろうか。
 いや、これで終わらせるわけにはいかなかった。
 何ごともなかったように一礼し、彼女から離れようとするディルク。
「お、お待ちください、殿下……」
 女侯爵は王太子を引き留めようと手を伸ばした。その時だった。
 隣で、椅子の肘置きに捕まりながら立ち上がったエイルリヒの身体がふらりと傾いだ。
「きゃあっ」
 かと思ったら、ブリュック女侯爵の召使いを巻き込んで彼は倒れてしまう。
 召使いが持っていた硝子のデカンタが床の上で砕け散り、一斉に彼らのもとへ注目が集まった。
「こ、公子さま……!」
 そして下敷きにされた召使いは、エイルリヒを見上げた途端に悲鳴を上げた。彼女の胸に転々と赤い雫が落ちてくる。
「エイルリヒ、どうした?」
 割れた硝子で怪我でもしたのだろうか。
 ディルクは二人に歩み寄り、床に手をついたまま動かない弟を引っ張り起こした。ぐったりした彼の身体は、やけに重い。
 ディルクに助け起こされながらも項垂れたままのエイルリヒは、小さく呻き、くぐもった咳をする。
 それと同時に鮮烈な赤が飛び散った。あたりを満たす甘やかな葡萄酒の香りに濃厚な鉄錆の臭いが混じり込む。
「エイルリヒ!?」
 ディルクは息を呑み、うつむいたままでいる弟の顎を掴み上向かせる。
 真っ赤に濡れたエイルリヒの口許。その端からさらに血を滴らせる彼の目は虚ろで、やがて瞼が降りると同時に、その身体はディルクの腕の中へ倒れ込んできた。
「ひぃ……っ」
 女侯爵が椅子を蹴倒して立ち上がる。血の滲んだ葡萄酒の水たまりを踏んでさらに狼狽える老女。それを皮切りにあちこちで悲鳴が上がり、迎賓館の広間は騒然となった。
 なんだ、これは。
 弟の身体を抱き留めたまま、ディルクは呆然と血溜まりを見ていた。
 聞いていない。こんなことは聞いていないが、まさか。

- 78 -


[しおりをはさむ]