天槍のユニカ



両翼を成す子ら(11)

 いい気味だ。
「それは、おめでたいこと。どちらのお家の姫君でしょうか。シュライエル侯か、メヴィア公の姫君? それともジオグ伯の……?」
 女侯爵は、ディルクが宴の招待を受けた貴族の名前をいくつかあげた。いずれもディルクに縁者の年頃の娘を薦めてきた。本気であれば今後も根回しをしてくることだろう。
 ディルクはどれを受けるつもりもない。彼が手の内に収めたい娘はたった一人だけなのだから。
「これはまだ、私一人の思いで決めてあるだけの話。陛下にもご相談申し上げ、正式にことが進みましたらご報告する機会もあろうかと思います。ですから、フルオーラ嬢にはぜひ正妻としてのよい嫁ぎ先を見つけて差し上げてください」
「は、ぁ……さようでございますか」
 思惑が外れた女侯爵は扇子の奥で歯噛みした。
 まさかこの王太子は、徹底的にブリュックを無視して政界に呼び戻さないつもりなのでは。
 湧き上がった危惧の念が女侯爵から自信を奪う。そして彼女を焦らせ、判断力を鈍らせる。
「では、殿下。また別の機会をもうけますので、今度こそ我が家へいらしてくださいな。お見せしたいものがたくさんございますのよ。ハイデマリー様の持ちものも残っておりますから、それらをお返しいたしたく――」
 口にするには細心の注意を払わねばならない言葉が、彼女の乾いた唇からあっさりと零れてしまう。すべてはディルクの気を引きたいがために。
「母の?」
 きょとんと目を瞠って首を傾げたディルクは、身を屈めて女侯爵の鼻先へ顔を寄せた。そうして扇一枚を隔て、至近距離から彼女を睨む。女侯爵が「しまった」と思った時にはもう遅い。
「なぜ、他国へ嫁いだ母の持ちものが未だに女侯のお手許にあるのかは存じませんが、」
 女侯爵はごくりと唾を飲んだ。口の端だけを吊り上げて笑うディルクの目には、嫌悪感と怒りがありありと浮かんでいた。
「棄てていただけますか。私には関わりのないものです。行こうエイルリヒ、そろそろ陛下がお見えになる時間だ。一度席に戻らないと」
 あまりに冷ややかな言葉に、女侯爵は細かく扇を震わせながら青ざめた。

- 77 -


[しおりをはさむ]