天槍のユニカ



不協和音(3)

 前後に揺れ、男の腕に支えられながら回り、風のように去っていく人々の顔色をちらちらと窺う。すると、
 人波の合間を縫って、青緑色の瞳に出会う。
(え――?)
 驚きのあまりユニカのステップが遅れた。男の脚がぶつかってもつれ、一緒に倒れかける。が、男はどうにか踏みとどまり、ユニカも男の手に縋りついて転ぶような失態をさらさずに済む。
「……っ」
 しかしユニカが男の手を握りしめた途端、彼は明らかな苦痛に柳眉を歪めた。
「ご、ごめんなさい……!」
 顰められた男の表情にユニカは更に驚いた。さっと身体を離せば後ろを通り過ぎようとしていたカップルの女と背中がぶつかる。じろりと睨みつけられたが、それどころではない。
 男が庇った右手に目をやると、白い手套の甲にわずかながら赤黒いものが滲んでいるように見えたのだ。
「お怪我をなさいましたか…… !?」
 ユニカは咄嗟に自分の手を確かめた。彼の手を傷つけるようなものを持っていただろうかと。しかし着けているのは王家の身分を示すサファイアの指輪くらいだ。
「大した傷ではありません」
「ですが、血が」
 男は愛嬌のある笑みを浮かべ、怪訝そうに眉根を寄せるユニカの手をとった。
「姫君の手を取るくらいなら、なんの障りにもなりません」
 確かに右手は背中に添えられる手。踊る分には支障ないかも知れないが、気が気ではない。
 それに。
 さっき目が合ったのは。
 嫌な動悸がし始めた。再び操られるように踊りながら、ユニカは彼≠フ姿を探す。
 そして、揺れるフリルにレース、宝石と、豪華な刺繍のコート群れの奥に、見つける。
 傍に赤毛の騎士を控えさせたディルクだ。いつも人々の意識の中心にいる彼は、不思議とひとり≠セった。彼の周りにいる貴族達はそこにディルクがいることを知らないように見える。ユニカとトルイユの使節が踊っていることに気づいた者が大勢いて、視線がホールに集まっているせいもあるだろうが、彼はまるで陰そのもののように、誰にも気取られることなく静かにそこに立っていた。
 ただじっと腕を組み、先ほどともに踊った少女に向けていた笑みが嘘のように冷ややかな目で。
 男はユニカが青ざめたことに気がついた。そして変わらず優雅な足取りで回りながら、彼女の視線をたどり、ふと口の端を持ち上げた。
「ああ、王太子殿下に見つかってしまいましたね」

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