はなびらの憂い(15)
「……王妃さまが?」
他国の使者の口から出るには思いもかけない人物の存在に、ユニカはつい顔を上げた。いや、他国の代表なら王妃と付き合いがあっても当たり前か。そう思ったが、榛色の瞳が待ち構えるようにこちらを見ていたので目が合ってしまい、ユニカは慌てて目を逸らした。
「ええ、王妃さまが宴の席で国王陛下にお花を渡されたのが最初だと記憶しておりますが。以来シヴィロ王国の大きな宴ではしばしば見られる光景なのです。洗練された風雅な遊び心を知るシヴィロ貴族の方々らしい。姫君も薔薇をお持ちですね。それはどなたから?」
「王太子殿下です……」
男の問いに答えた途端、太い針で突かれたように胸の奥が痛んだ。男の視線も気にせずその薔薇をぎゅっと握りこむ。茎がひしゃげる感触があっても力を弛めない。
「もったいない。そうして握っていては花がしおれてしまいます。お貸し下さい」
声はかけるがそれはほとんど事後申告で、言い終わる前に男はユニカの手から薔薇を抜き取っていた。そしていつの間にか手にしていたナイフで茎を短く切る。
薔薇を取られたことよりもどこからか現れたナイフにユニカは狼狽えた。思わず胡乱げな目で男を見上げてしまうが、彼は肩をすくめて「護身用です」と微笑む。
「シヴィロの国王陛下は我が国を友と認めてくださっていますが、そうではない方も中にはいらっしゃるので……。驚かせてしまい申し訳ありません」
男は刃に鞘を被せ、そっと左の袖にそれを隠す。そして茎を短くした薔薇を、ユニカが頭につけている青金の髪留めの隣にそっと挿した。
「今日のお衣裳によくお似合いですよ。さすがは王太子殿下。あなたに相応しいものをひと目でお選びになっている」
「……そんな」
ユニカは笑って否定しようとして、失敗した。唇が引き攣って笑えなかった。一度生まれたわななきはなかなか収まらず、涙までこみ上げてきた。
ディルクがこの薔薇を選んだのはきっとたまたまだ。そこにあったから手にとって渡した。そこにいたから、ユニカを誘うことを思いついただけ。別の機会に別の姫君を選ぶのと大差ないくらいの誘いだ。
顔を伏せたユニカは男が苦々しく表情を歪めるのに気づかない。
「……失礼を承知で申し上げますが、もともと王家のお生まれではない姫君にとっては、理解できず、お辛いこともさぞ多いでしょう。しかし王太子殿下は、新年の祝いの最後の宴の、最後のダンスのお相手にあなたを選ばれるのですから……」
男の言葉はそこで途切れた。怪訝に思ったユニカが彼の顔を確かめる。
最後のダンスの相手に選ぶから、何? 気になった。何か意味があるのか。特別≠ネのか、と。
大きく目を瞠ったまま、ユニカは男を見つめていた。しかしとうとう続きの言葉は返ってこないまま、堪えきれずに笑った男が空気を変える。
「姫君はご存知ないのですね」
「何をですか?」
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