天槍のユニカ



両翼を成す子ら(10)

 やはり来たか。どの貴族と話しても、二つ目か三つ目の話題はこれだ。縁者の若い娘をディルクの傍に差し出し、妃を立てたいのはどこの家も同じだからだ。
 しかしこの女だけはそれも遠慮するのではないかと思ったが、ディルクが期待したほどこの女傑は奥床しくはなかったらしい。
「わたくしの姪の長女に、フルオーラという娘がおります。今年で十七になりました。まだ若輩者ではございますが、王城にお仕えできる行儀や作法は身に着けております。いかがでしょう、殿下。決まったお妃を娶られるまで、コンパニオンとしてフルオーラをお使いいただけませんでしょうか」
「……」
 ディルクは返事に詰まった。遠慮どころではない、この女はなんと明け透けにものを言うのかと呆れ返る。
 コンパニオンとは妃の代役のことだが、実質は妃の位が与えられない愛妾だ。
 妃を迎える前の王族の男子に仕える女性。この仕組みが利用されることは、周辺の国々でも珍しくはない。
 しかし王子が妃を迎え、役目を終えたはずのコンパニオンが寵を盾に王家に居座り、政に口を出しては国を乱す例も少なくなかった。ゆえにシヴィロ王国のここ数代の君主たちはその仕組みを自然と遠ざけてきたのである。
 一族の娘を妃に推挙しても、他貴族からの支持がなければ潰される。そして今のブリュック侯爵家に他家からの支持は得られない。
 ならば非公式の側女として、縁者をディルクの傍に。くだんの娘がディルクのお気に入りになりさえすれば、他家の支持はなくともブリュック侯爵家はディルクに対して影響力を持てるようになる。
 それにしても、コンパニオンが家を乱した例を実際に知るディルクに対して、妾を持つよう薦めるこの老女の無神経さには恐れ入った。
 彼女は追い詰められている。ディルクと結びつかなければ政界で生きていけないほどに。しかし、それはディルクの知ったことではなかった。
「女侯、申し訳ないが」
 誰が、お前の血縁などに手をつけるものか。
 汚らわしい。
 そう吐き捨てたいのを堪えて、ディルクは変わらぬ笑みで女侯爵を見下ろした。
「もう、ぜひ妃にと思う方を見つけましたので」
 女侯爵の顔から笑みが消えた。驚きの声を上げたまま、その先の言葉が出てこない。ゆるく扇を揺らしながら懸命に冷静さを保とうとしているのが見て取れる。

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