天槍のユニカ



両翼を成す子ら(9)

 ディルクと同じようにエイルリヒにも杯を持たせ、女侯爵は別のデカンタから淡い黄色の液体を注ぐ。気泡が弾ける飲みものをエイルリヒはしげしげと眺めていた。
 その様子に、ディルクはわずかな違和感を覚える。
「エイルリヒ様、ソーダ水は初めて? その泡は水に溶け込んだ不思議な空気が驚いて外へ出てきているものですのよ。のどごしがくせになりますわ。さぁ、お飲みになって」
 エイルリヒは相槌を打つと、恐る恐る杯に口を付けた。しかしひと口啜ったところで杯を離し、何か考え込むように沈黙したあとさらに二口飲む。
 やはり、どこか様子が変だ。
「あら、お口に合いませんでしたかしら?」
 当然、エイルリヒの様子はそう解釈されるだろう。女侯爵は残念そうに目尻を下げたが、エイルリヒは首を振ってそれを否定した。
「いえ、ちょっと口の中が変な感じだなって。でも甘くていい香りがしますね。美味しいです」
 彼の返事に安堵して喜ぶ女侯爵とは反対に、ディルクは違和感と疑問をぬぐえなかった。
 口に合わなかったのなら合わなかったで、弟は受け流す術を心得ているはずである。周囲にそのことを知らしめるような態度はとらず上手く隠せるだろうに。
 ディルクが怪訝そうにしている内に、エイルリヒは休みながらも急いでそれを飲み終えてしまう。
「ところで、殿下」
 女侯爵の声色が急に猫撫での甘ったるいものに変わった。ディルクは温い微笑みを絶やさないまま、女侯爵へと視線を戻す。
「もうシヴィロ王国へいらしてから十日ほどが経ちますが、こちらのお暮らしには慣れていらっしゃいまして?」
「ええ、陛下や周りの者が大変よくしてくれていますから」
「それはようございましたわ。……まだ公のお役目も決まらぬ内にこのような申し出はお節介かと思うのですけれど、いずれ殿下も、様々な催しのために臣民の前にお立ちになるでしょう。その時はやはり、お隣に寄り添ってお仕えする者が必要かと思いますの。殿下が成人したご立派なお世継ぎなればこそ、皆々の目はそうした体面が整っているかということに向きますわ」
 ディルクは内心、鼻で笑った。

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