天槍のユニカ



家族の事情U(4)

「大公家の血を引いてるという点では王家の親族に違いないけど、あたしと陛下に血の繋がりはないわ。もちろん、ディルクとあたしにも」
「……まさか、エイルリヒ様も?」
「そうよ、エイルリヒも愛妾ヴィルマの息子。王女の子じゃないわ。だから陛下はあたし達のことが気に入らないのよ。下級貴族の娘の産んだ子供が、いずれ公国を治める位につく。表向きの形は整えられていても、それは公妃となった陛下の妹君の体面に泥を塗るようなものだから。陛下だけじゃない、そう考えているシヴィロ派の貴族は、王国にも公国にも腐るほどいるわ」
 ユニカはくしゃりと顔を歪めた。
『父親も母親も違う兄弟を、兄弟とはいわないのかも知れませんね』
 似ていない兄弟だわ、と何気なく呟いたユニカに対し、エイルリヒが言った言葉だ。
 王女の子でないがために軽んじられることもあったであろう、レオノーレとエイルリヒ。
 大公の子でないゆえに蔑まれることもあったであろう、ディルク。
 彼らがきょうだいではない≠ニいうその事実が、こんなにも重い。
 彼らも『いてはならぬ者』。
 あのとき、笑いながら言ったエイルリヒは、エイルリヒの言葉を遮ったディルクは、何を考えていたのだろう。
「そんな顔しないで、ユニカ。大丈夫よ、あたし達は疎んじられてばっかりじゃなかったわ。それぞれにちゃんと愛されて育ったんだから。でも、あたし達のためにどれだけの人間の人生が潰れたか、それもよく知ってる」
 ユニカが傷ついた顔をした理由など知らないだろうに、レオノーレは優しい笑みを浮かべてくれた。けれどその視線は一瞬で凍りつき、剣の鋭さを宿してエルツェ公爵に向けられる。
 燭台の向こうからその視線に射られた公爵は、口許をむっと強張らせて背筋を伸ばした。
「陛下も、父さまも、王家と大公家を対立させないためにあたし達を大公家の嫡流の子供として扱う約束をしたはずよ。だけど二人ともその約束を破ってる。それじゃあ意味がないの。心の中でなんと思っていらしてもいいわ、だけど、この約束のために葬られた人がいることを思い出して頂きたいのよ。陛下は、犠牲≠忘れるお方じゃないはずだもの。きっと態度を改めて下さると信じているって、公、陛下にはそう伝えて下さる?」
 王と公女の仲裁にやって来たエルツェ公爵は、レオノーレにそう言われるなり渋い顔をした。
「それはつまり、陛下に『先に頭を下げよ』と?」
「そうは言っていないわ」
 しかし、そういうことになるのだろう。勝ち誇った様子のレオノーレに対し、とりあえずは伝言を引き受けるよりほかない公爵が頭を抱えているのがよい証拠だ。
 しばらくうーんと唸っていた公爵だったが、彼の気持ちの切り替えは早かった。別に自分の意見を言うわけではない、と割り切ったのだろう。
「承りました。陛下にはそのようにお伝えしましょう。確かに公女殿下の仰ることに間違いはございません。国のための嘘。秘密は守り通すのが我々の義務。ならば殿下。殿下にもこの先、義務を果たして頂かねばなりません」

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