天槍のユニカ



家族の事情U(3)

「そう。だけどそれをおおやけの場で口にしないよう気をつけなさい、エリュゼ。特に殿下の前では。前侯爵から爵位を奪い王城への出入りを禁じたのは、実質王太子殿下だ。意味は分かるね」
 ごく、と唾を飲んで頷くエリュゼと一緒に、ユニカも肩を強ばらせた。
 彼は、祖母を切り捨てたのだ。
 そこにどんな感情があるのかや、どんな政治的な理由があるのかは分からない。けれど、王家と大公家を揺るがす醜聞の原因となった前ブリュック侯爵との関わりを、彼は自ら断った。
「ディルクにとって必要な御祓(みそぎ)だわ。当然よ」
 再び葡萄酒を得て機嫌を持ち直したレオノーレは、一緒に運ばれてきた胡桃の砂糖漬けを摘まみながら嗤う。
「あの女は強欲だった。王女の産んだディルクが自分の息子の子であると発覚したとき、罪を雪ぐという名目でディルクを手許に引き取って、シヴィロの王位継承問題に口を出そうとさえしたのよ。それで余計に周囲の反感を買ったわけだけど。そんな女、ディルクにとっては邪魔者以外のなんでもなかったでしょう。難しいことは言わないわよ、ディルクの前でブリュック侯爵家の話はしないことね」
 胡桃を噛み砕く音が無情に響く。一つの話題が終わった気配がした。
 握らされた秘密を机の下で作った拳の中にぐっと閉じ込め、ユニカはレオノーレを見つめる。
 彼女も何を問われるか予感しているのだろう。二つ目の胡桃を濡れた唇の奥に放り込み、指先についたシロップを舐めながら艶然と微笑んだ。
「殿下のことは、分かったわ。じゃあ、レオ、あなたはいったい……」
 偽物。彼女や、きっとディルクも背負っているその烙印。
「あたしはね、ヴィルマの娘よ。当時の公子、現ウゼロ大公エッカルトの愛妾、ヴィルマ・アイヒロートが産んだ大公の本当の第一子=B父さまはディルクを大公家の子として認める条件に、あたしのことも王女と自分の子――いざというときには継承権を持つ公女として生かすことを提示したの」
 レオノーレが産まれたのは、ディルクの誕生からひと月も経たない日のことだった。
 それは折しも、大公家に嫁いできた王女の不義密通が明るみに出た頃。王女を妻に迎えながら公子がすでに愛妾を囲っていたことまでおおやけになれば、更に混乱は深まる。
 ほかならぬ王家と大公家がそれを望んでいなかった。
 ゆえに両家の間では次のことが決められた。
 一つ、ディルクは王女と公子の間に産まれた嫡子として扱う。公子の第一子として大公位の継承権を持つほか、王女の子としてシヴィロ王国の王位継承権も持つものとする。後見にはテナ侯爵をつける。
 二つ、愛妾ヴィルマの娘も、王女が産んだ公子の子として扱う。男子優先の原則は守られるが、王位、大公位の継承権を認める。なお、公女の誕生は一年間秘匿したのち公表する。後見はグリーエネラ女公爵。
「つまり、レオは、」

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