天槍のユニカ



家族の事情U(5)

 エルツェ公爵が頷く様子を満足げに見ていたレオノーレの目許が、ひくりと震えた。
「結婚の話?」
 心底忌々しい、という響きで、レオノーレの吐息が燭台の火を揺らす。
 光が揺らいだからなのか、ユニカの視界の隅でエリュゼも肩を震わせたように見えた。しかし彼女の方を窺っても、相変わらずユニカと同じように青ざめているだけだ。
「そうね、陛下が態度を改めるとなんらかの形で示して下さるなら、あたしも見倣って自分の義務に向き合おうと思うわ。でも、見合いはともかく婚姻が成立するかは相手次第ね。公女であるこのあたしを妻に迎えることの意味をあらゆる面で理解している男でないと嫌よ。それから、剣も馬術もあたしに勝てなくちゃ駄目。はっきり言うけどクルト・アーベラインみたいな不細工も嫌」
「……その条件を充たす万能な男が、この国にいるでしょうかねぇ」
「いないのならそれまでだわ」
 それで済む話だとは思えないが、公爵は肩を落としながら「陛下にお伝えはしましょう」と呟いた。
 そして目的を果たしたのか、彼は重たそうに腰を上げる。レオノーレの言葉を王に届けに行くのも憂鬱だが、これ以上ここにいて更なる公女のわがままを押しつけられるのも嫌だ。そんな顔で。
 立ち去ろうとする彼がうんうん唸っている様をいい気味だと思う余裕もなく、ユニカは胸の底に落ちてきた秘密の冷たさを感じたまま公爵を見送りに出た。
 自分が得てもよい秘密だったのだろうか。ただの好奇心で聞いてしまったのではないだろうか。そしてこの秘密をどう扱えばいいのだろう。どんな顔をして、レオノーレの顔を、ディルクの顔を見れば……。
 次に彼に会うのはいつだったかしらと、ユニカは頭の中で暦をめくる。するとぜんぜん日がないことが分かった。
 数日後に王家が主催する今月最後の大規模な夜会があって、ユニカも出席するようにいわれている。もちろんディルクも出席する。次に彼と会うのは、その日となるだろう。
 喉の奥がぐうっと締まり、鈍い痛みを訴え始めた。
「ユニカ様」
 ユニカがぼんやりしているうちにエルツェ公爵は暗い廊下を歩いて行ってしまったが、エリュゼはまだそこにいた。呼ばれてはっと顔を上げる。
 温かい室内と冬の名残に冷え冷えと沈む廊下の狭間に立つエリュゼの顔色は、なんだかよろしくない。まるで新年の行事に忙殺されている今のユニカのようだ。
 怒濤の勢いで王都を呑み込んでいた祝賀の熱気は、その中に初めて放り込まれたユニカを容赦なく疲労させた。思えば、エリュゼも長いこと貴族当主の役割を果たさずにユニカの傍に仕えていたのだ。彼女にとってもこの熱に煽られるのは初めての経験であるはず。
 同じ思いをしているのだろうなあと、ユニカは疲れた親近感をこめてかつての侍女を見つめる。
 化粧や宝石で着飾るようになったからか、生気のないその表情のせいか、うんと年上になったように見えるエリュゼは苦笑を返してきた。
「たくさんの催し事にお出ましになっていらっしゃいますから、さぞお疲れでしょう」

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