天槍のユニカ



家族の事情U(2)

 幼い頃から王妃の傍に仕えていたエリュゼのことだ。表沙汰にされていない様々な情報を耳で拾っているはずだ。彼女の中でそれらの辻褄が一気に噛み合い始めているのか、ユニカとはまた別の混乱に打ちのめされているようだった。
「女侯爵、いや、前ブリュック侯爵は当然罪を問われた。何せ大公家に嫁いだ王女に手を出したのは彼女の息子だ。例えそれがマリー様と合意の上での関係であったにしても、両国の関係を脅かす大罪。けれどマリー様からの嘆願があって、陛下はそれを聞き入れた。前侯爵は当時務めていた大臣職を辞すに留まり、しかし結局、ほかの貴族からは無視されるようになった。それでも彼女は都に居座り続けた。いつか政界に復帰出来る日が来ると信じて、成熟した息子に爵位を譲ることもなくね。それが先頃、ようやく息の根を止められたというところだね。いやはや、しぶとい女傑だったよ」
「女侯爵は、何かの責任をとって当主の座をご子息に譲り渡したと聞きましたが……」
「おや、知っていたのか」
 いつだったか、公爵夫人のサロンで聞いた噂話だった。ユニカにはそれが何を意味する情報だったのかは分からなかったが、レオノーレの話を聞いた今、女侯爵失脚の原因がディルクに繋がるものである、ということはなんとなく理解出来る。
「殿下がいらしてすぐに開かれた昼食会の席で、エイルリヒ様が前侯爵の持ち込んだ飲み物を口にされたあと、ご体調を崩されてね」
 君も知っているだろう? と公爵に問い返され、ユニカは目を瞠った。まさかその日の話に繋がっていたとは。自分も直接関わった出来事だったので、ただでさえ早鐘を打っていた心臓が更に苦しくなるほど揺さぶられる。
「エイルリヒが毒を飲まされたという話は聞いていたけど、それ、あの女が原因だったの? もみ消されたらしいけど、あの女がディルクのためにエイルリヒを殺そうとしたってことじゃなくて?」
 だとしたらもっと深く追求すべき。レオノーレはそう言いたいのだろう。
「可能性はなくもありません。しかしこの件は王太子殿下とエイルリヒ様が中心になり、処理が済んだ話です。蒸し返すのは賢明ではありませんよ」
「まあ、そうね。とても納得がいかないけど、あたしは関わっていないものね。ディルクも困るだろうから黙っていてあげるわ」
 レオノーレは苛立ちをあらわにそう吐き捨て、カップの中に残っていたハーブティーを一気に呷った。
「やっぱりお酒がなくちゃやってられないわよ。ディディ、エルツェ公に出しているのと同じものをあたしにもちょうだい」
 一眠りして酔いが醒めたレオノーレの機嫌は、昔話をたどるのと一緒にすっかり斜めに傾いている。やめておいた方が……と言いたいところだったが、まだ訊きたいことがあったので、ユニカはレオノーレの機嫌をとる方を優先しディディエンに葡萄酒の用意を命じた。
「あの、一連のお話を聞いて気がついたのですが、前ブリュック侯爵はつまり、王太子殿下の実のお祖母さまということに……」

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