天槍のユニカ



家族の事情U(1)

第七話 家族の事情U


 父のため、家のため、見も知らぬ貴族の男に嫁ぐことになった哀れな姫君。
 愛されない悲しみを癒やすため、彼女が救いを求めたのはものごころついた頃から想いを通わせてきたただ一人の幼馴染み。
 禁断の逢瀬は禁断の果実を結び、姫君と男達の運命を狂わせていく。
「だからレオは、あのお芝居を気に入らないと言ったのね……」
 ユニカが呟くように言うと、レオノーレはにやりと口許を歪めた。
「芝居?」
 エルツェ公爵に尋ねられ、ユニカははっとした。そうだ、真夜中の外出のことは内緒にするのだった。公爵の怪訝そうな視線には気づかないふり、彼の声も聞こえなかったふりで、ユニカはすっかり冷めてしまったハーブティーを啜る。
 夫に触れられることを拒み、幼馴染みと密通し、やがて幼馴染みの子を胎(はら)に宿した姫君を演じて誇らしげに歌っていた女優。結末はどうなったのだろうか。ユニカには思い出せなかった。
 けれど確かに、その物語は王太子の出生にまつわる話を元にしているようにも感じられる。
 いかに秘密を守ろうとて、王族の世話には数多くの人々が関わる。彼らの口すべてに戸を立てられるわけでもない。表向きは禁忌として厳しく箝口令を布かれても、時が経ち、張り詰めていた緊張の糸が弛み始めたとき、どこからともなく忌まわしい醜聞は世の中に流れ出す。
 ユニカはそれを知っていた。
 王と亡き王妃によって西の宮に隠され、ユニカが王城に連れてこられた事情も一切公表されなかったにも関わらず、ユニカの存在はいつの間にか『天槍の娘』として城中に知れ渡っていた。
 噂の出所がユニカに接触することを許された限られた人間――つまりユニカを世話する侍女や召使い達であることは容易に想像がついた。彼女らに悪気がなかったにしても、珍奇なものを見る視線を向けられ、好き勝手に自分の存在を吹聴されているのだと分かってしまえば、彼女らを信用することは出来なくなった。
 そうして心を閉じていったのが、今の自分だ。
 あるいはディルクも、そうして傷ついてきたことがあるのではないか。
 まことしやかに囁かれる王家と大公家の醜聞。流れ出した噂が、大衆の好奇心を満たす芝居の脚本になって公国で演じられもしただろうし、ディルクの王家入りに伴ってそれが王国へ流されたということだって、充分に考えられる。
 ユニカはカップを包む手にきゅっと力を込めて、喉の奥に湧き上がってきた痛みを胸の底に押し戻した。
「エリュゼは、知っていたの?」
 青ざめて聞いていた元侍女は、ユニカの問いに微かに震えながら顔を上げた。
「正直に申し上げれば、ちらりと噂を聞いたことはございます。恐らく王妃さまとどなたかがお話しなさっていたのを聞いたのだと思いますが、そのときは真実だと思ってはおりませんし……。ただ、もう一つ、二十年前まで宮廷で権勢を振るっていたブリュック女侯爵が失脚したのは、公妃さまの輿入れに関して粗相があったからだと聞いたこともある気がして」

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